オフィスの野獣
大方の話を聞き終えて、御堂さんは難しい顔をしながらティーカップに指をかける。長話で紅茶が少し冷めてしまったかもしれない。
「確かに拗れた案件ねえ。その男もなーんか胡散臭いというか」
聞き手からしてもロクでもない男だということがわかる。
最初からわかっていたことじゃない。西城斎は、野獣だ。
記憶がないのをいいことに、自分に都合のいいことばかり言って、結局彼に遊ばれた大勢の女の一人にすぎない……。
視線を落とすと、この手に温められた彼の部屋の鍵が握りしめられている。
きっとほかの娘にも、こんなことをしているんだろう……。
「でも恋愛って形から入るもんじゃないからね」
「え?」
御堂さんから大人な意見が挙げられた。
パッと見てそんなに年齢は離れていないのに、その人には落ち着いた余裕がある。動きのひとつひとつが洗礼されていて、女の私でも思わず見入ってしまう。
しかし、そんな彼女の言うことが、経験の少ない私にはイマイチ理解し難いものだ。
「好きだから付き合うとか、付き合わないとか、些細なことよ。寂しいなら相手に甘えていいじゃない」
そんなものだろうか。理屈とかじゃなくて、この気持ちをストレートに彼にぶつけてみるべきなのかな。
「大事なことは、あなたが誰を必要としているかよ。気持ちはあとから考えてもいいんじゃない? そうやって考えているうちに、相手がフラッといなくなっているかもしれないわよ」
そう言って、無理に笑うように口角をあげる。
笑顔が得意なその人のほんの一瞬の感情の揺れに気づかず、あっという間に取り繕った表情で濁されてしまった。
「後悔したくなければ、見失わないことよ。それさえできたらなんとかなるわ。あとはうちの自慢のパイを食べて落ち着きなさい」
切り分けられたアップルパイの一片に目を移して、綺麗に焼き上がったそれを一口頬張った。
りんごとシロップの爽やかな甘さと、昔ながらの焼菓子の香ばしい味がする。
それは彼がくれる優しさの味に似ていた。
「とことん嫌いになったのなら、あとは好きになるしかないんじゃないかしら?」
好きになるか……。
また雨が降れば、私は彼のぬくもりを思い出してしまうのかな。
外を見れば、ポツポツと雨の足音が近づいていた。