オフィスの野獣
私がギリギリで出勤した後に、西城斎も遅れて出勤していた。上司に遅刻を指摘されてもヘラヘラしていた。
誰にも彼とのことを勘づかれてはいないだろうか。周りをいつも以上に気にしてしまう。
アイツが同僚にポロッと口を滑らせないかが一番の不安材料だ。信用ならない……。
――というわけで、非常に不服だが人気のない場所に一度奴を呼び出すことにした。休憩時間に下の階に降りて、自販機の前で西城斎を待ち伏せる。
飛び癖のある彼のことだから忘れられてやいないか不安だったが、少し待つと一人でやって来た。
彼が口を開いて何か言いかけた隙を突いて、自販機横の壁に男の身体を押し付けた。突然のことにそいつの身体が硬直している。その真横に力強く右手を添える。
「ワオ、何? 意外と積極的なんだ」
「黙れ小僧。舌を切られたいのか」
「小僧て、そんな歳変わらないじゃん」
ああ言えばこう言う……減らず口の多い奴め。
そんなことはどうでもよくて、休憩時間も短いことだし単刀直入に切り出すことにした。
「私の質問に答えろ。どうしてあんたの部屋で、私とあんたがそういうことになったんだ」
自分でも非常に言いにくいことを口にしている自覚がある。
それなのに、目の前の男は飄々とした態度で顔色ひとつ変える様子ない。これも経験の数だろうか。
「ハハッ。それはおかしな質問じゃないか」
気まずくなるどころか、どっと笑い飛ばした西城斎にこちらが一瞬仰け反る形になってしまった。
「俺に聞くほどでもないだろう。だって君自身がよく知っていることじゃないか」
それは、そうなのかもしれない。おかしなことを聞いているのだろう。
恥じらいもなくこんなこと聞くわけがない。こいつと違って、私には生まれて初めての経験だ。朝からずっと動揺していた部分はあった。
だけど……これだけははっきりしておかないといけないことだ。
「もしかして……」
耳打ちされた。彼の気配が近くで感じられる。油断と焦りで、思考が回らない。
「あの夜の記憶がないの?」
――ああ。こういう時は勘が鋭いんだな。
記憶にあるのは、雨が降っていたことだけ。どうしてだか目が醒める前の記憶がまったくない。
それを言い当てられて、しばらく何も言うことができなかった。