オフィスの野獣
——二週間前。
心の古傷に沁みるような雨が、しとしとと降っていた。
建物の狭い隙間に隠れて、息を潜めていた。
古い建物の屋根が雨除けとなってくれる。路地の向こうに見える雨の景色は、シャッターを下ろしてまるで世界から私を取り残そうとしているよう。
恐怖と寒さで、これ以上身体が動かなくなる。
見つかるかもしれない恐怖で、肩の震えが止まらない。
どこへ逃げても、きっとまた追ってくる。もう嫌だ。
途方に暮れて、鉄筋コンクリートの壁に背中を預ける。濡れた衣服越しにゴツゴツした感触と、冷気が襲う。
雨が止むまでここで身を潜めているしかないのかと、底知れない不安に自分の身体を抱きしめた。生きている心地がしなかった。
自分を慰めるので精一杯だったのに、そこに誰かの足音がした。
「どうしたの?」
雨に打ち消されるだけだったその声を、拾ってくれたのは彼だった。
傘をさして偶然この路地を通りがかったらしい彼は、ずぶ濡れの格好でここに身を隠す私の顔を見て、少し驚いた反応をした。
「藤下さん……? どうしたの、それ……」
会社でたまに見かけるだけのそいつの顔。
その名前を知っていたのは、少し意外だった。
それまでは特に話したこともないのに。
「この路地、近道なんだ。タオル貸すよ」
西城斎は、何も聞かずに私に開いた傘を差し出した。
反対の手には、奇しくもあのお店の白い箱を握りしめて。
雨に溶けていく声を拾ってくれたのは、彼だけだった。
そして路頭に迷う私は、その手を無碍に拒むような真似はできなかった。