オフィスの野獣
言い当てられて、しばらく何も言えなかった。底知れない不安が、身体中を巡っていた。
「そっか」
私の沈黙か、青ざめた表情か、それらを受けとって、西城斎は納得した。私が一向に反論することがないから、そうするしかない。
「藤下さんは……」
……ベッドの上とは違う彼の他人行儀な言い方に、うんざりする。今までもそうやって、お前は寝た女に知らん顔して来たのか。
会社を辞めていった女の子達のことが頭を過る。
別にこの男に何を期待するわけじゃない。
ただ、不服であれこの男と関係を持ってしまったというのに、その記憶さえ不慮の事故で奪われてしまったなんて、許し難い。
「誰かに求められたいとは、思わない?」
離れかけた距離を向こうが詰めようとする。まるで獲物を狩る野獣のような眼つき。
網にかかるように後退する足が縺れた。
彼の手が不意に差し出される。ソフトな手つきで、頬を撫でる。
「やだ、何……っ」
「……まだ、怖い?」
西城斎にそう言われて、自分が臆病になっていたことに気づく。こんな奴の手の上で踊らされているようで、苛立ちが湧く。
それでもやっぱり、怖い。
反射的に、彼の頬を引っ叩いていた。
沈黙が、余計に空気を悪くする。俯いたまま、西城斎がこちらを見ることもない。
「……さ、最低」
喉奥から絞り出したのがこれで、自分の不甲斐なさに呆れる。こんな平凡なことを言っても、きっと彼の心に刺さるわけがない。
「知ってる」
また淡々としていて、彼が本心で何を考えているか読み取れない。薄ら笑いが、不気味にさえ思える。
腫れたところをそっと押さえて、彼は私から視線を逸らした。そのままこの気まずい場を離れるようだ。
「……ごめん」
……最後に彼が言い残した言葉は、少し意外だった。