オフィスの野獣
あまり話したことがない前野君の登場に、私が訝しんでいるとわかると彼は薄く目を開けて言った。
「一人で片付けだなんて大変そうだね。手伝うよ」
今まで接点のない人から、そんなこといきなり言われても。
これがまともな女子なら素直に甘えて手を貸してもらうところなのかしら。
確か……前野君は西城斎と並んでポテンシャルも高いし、その男との親睦もそこそこある。あとはよく知らない。
「いいよ。これくらいなら一人で足りるから。お気遣いどうも」
特に悩むこともなく、彼から差し出された手は断った。
西城斎含め、これ以上会社の男と絡みたくない。私のことを気遣うというなら、今すぐここから消えてくれ。
「あー、そう? 藤下さんって、結構逞しい娘なんだね。一人で色々背負っちゃうとか。そういうの、しんどくない?」
普通なら話はここで終わってもいいというのに、相手は無理に会話を続けようとしている。
いきなり人生相談とかなんのギャグだ? 流行ってんのか?
埃だらけのガラクタを箱に詰めながら、黙っているのも空気が余計に曇るのでテキトーに口を動かした。
「私は……別に逞しくなんかない。こんな年齢まで生きてたら、誰にでも背負うことのひとつやふたつはあるでしょう。背負えない人は弱いだけ」
誰にでも生きるために背負うものはある。私も、もちろん。
それは、きっと西城斎にも……あんなろくでなしにも、背負うものがあるのだろうか。
「ハハハ。俺の言い回しが悪かったね。藤下さんは、しっかりしてるんだね。俺の周りにいる女の子とは大違いだ」
「だから私をこうしてからかってるんですか?」
「うん。そうだね。藤下さんって、彼氏いる?」
さっさとどっかに行ってほしいだけだったのに、どんどん話が拗れている気がしてならない。ストレートに言えばしつこい。あんたのしれっとモテる話とかどうでもいいわ。
「……は?」
「いないなら、今度ご飯行かない? もっと藤下さんと話してみたいし」
「い、嫌です」
「即答かよ……」
からかわれるどころか、会社の同僚に絡まれてしまうなんて。ああもう最悪の日だ。
下手に無下にあしらうのも今後の仕事に響くかもしれないし……西城斎のこともまだ片付いてなくて頭がぐちゃぐちゃなのに……。
「はあ。一筋縄じゃいかないな。でもここまで来たら引き下がるのも癪だし」
ある程度話をしたら、前野君がすぐに引き下がってくれるような物分かりのいい人じゃないことくらいはわかる。西城斎並みに厄介な人物かもしれない。