バレンタイン・ストーリーズ
青磁がバレンタインの2月14日までカウントダウンしてチョコを心待ちにしているなんて、想像もできなかったけれど、彼女に押しきられる形で、私は先週の土日にチョコレートを作った。

チョコレートといっても、青磁は甘いものが得意じゃないので、甘さ控えめのココアクッキーだ。
空が好きな彼のために、雲の形の型抜きクッキーにしてみた。

……ところまでは、よかったんだけど。

やっぱり、今朝から一度も青磁はバレンタインを意識しているような素振りも見せないし、周りで手作りチョコの交換をしている女子たちにも全く注目せずに窓の外ばかり見ているし(今日はとてもよく晴れた綺麗な青空だった)、絶対今日がバレンタインで、彼女が彼氏にチョコを渡す日だなんて気づいていないと思う。

そんなやつに、どんな顔して、どんな声をかけながら、渡せばいい?

考えれば考えるほどハードルが上がっていって、私も青磁と同じように、いつもの態度でいつもの口調で会話をすることしかできないでいる。

「こんにちは」

いつものように声をかけながら、美術室の中に入る。
でも、中には誰もいなかった。

「あれ、誰もいねーじゃん」

青磁は少し不思議そうに呟いた。

そりゃ、今日はバレンタインですからね。
私は心の中でこっそりつっこむ。

みんながみんなチョコを渡したり渡されたりしているわけじゃないだろうけれど、部員にはカレカノ持ちの人もいるし。
テストが近づいてきて部活は自由参加になっているから、勉強に精を出す人もいるし。
もともと人数の少ない美術部では、今日に限って誰もいないのも頷けた。

ただ、青磁と二人きりだという事実に、緊張が高まってくる。

せっかく作ったんだから、渡したい。でも、いつ、どうやって。

素知らぬ顔でいつものように青磁の隣に座り、画材の準備をする彼の様子を見ながらも、頭の中はクッキーのことでいっぱいだった。

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