シュガーレス
上司との面談を終えた私たちは、上司へ開示した説明資料を片付けていた。
「係長の反応、いい感じでしたね」
「あぁ。この調子で課長へのレビューもクリアしたいな」
総合商社のアパレル部門。小売店に直接販売する子供服製品の新ブランド商品企画案採用をかけて、部署内の若手で競争を繰り広げている最中だった。
二人三脚で仕事を組むパートナー堤 祐作(つつみ ゆうさく)は、二年前からパートナーを組むようになった二つ年上の先輩だ。
そして、
「福田さん、なんか今日、ずっと眠たそうだね」
身をぐっと寄せて耳打ちされる言葉に「誰のせいだ」と心の中だけで反論しておく。
職場の先輩であり、仕事のパートナー。そしてプライベートでは……。
「あ、もう昼か。三田さんにランチご一緒しませんかって誘われてたんだっけな」
「……」
「妬くなよ。おまえも来る?」
「行きません」
背が少し高いだけで男の魅力は三割は増すと思う。
全体にややゆるさを残した黒髪ショートスタイルは若々しく清潔感があって、端整な顔立ちも合わさって上品な印象だ。女性社員に人気があるのもうなずけるところがまた気に食わない。中身は性悪なのに。
「あっそ。じゃ」
背を向け片手を上げながら去って行った。一人きりになるとため息を一つ。
もうすぐ一年になる。彼とは酒に酔った勢いで関係を持ち、その後一年間ずるずるとセフレという関係が続いている。過去に何度もやめようと思ったけど、毎日顔を合わせる相手に誘われれば、一度は断っても二度目で頷いてしまうのは私の意志の弱さ。
もともと、密かに憧れを抱いていた人物だ。今となっては、こんな関係になってしまって彼に抱いていた理想も見事に崩れ去り憧れなんて気持ち微塵も残っていないけど。たった一夜の過ちが私たちをこのような関係にしてしまったんだ。
初めの頃こそどうしてこんなことになってしまったんだろうと悔やんだけど、今となってはもう悔やむことも、この関係を変えようと思うこともない。変わり映えのない退屈な毎日に、少しの刺激が増えた。都合のいいように利用しているのはこっちだって同じだ。そう思うようになったら堤さんとの関係ももっと気楽なものだと思えるようになった。
まっとうな恋がしたい、とか。一時的な気の迷いから出たたわごとに過ぎない。
食欲があまりなく、昼は会社近くのオフィスビルの1階に入る喫茶店に入った。食事メニューがないのにもかかわらず、昼時でも満席に近い状態で流行っている。
ブラックのソファの素材感が上質なイメージを与えてくれる落ち着いたモダンな雰囲気の喫茶店。仕事中に抜け出して、一息つく休憩場所として選ぶとすれば他に勝る場所はないと思う。何より、ここのコーヒーは格別だ。酸味と苦みが見事にマッチしていて、後味はビターチョコのようなほろ苦さの中にもほんのりとした甘みの余韻を感じる。
窓際の二人掛けの席に座って今日も注文したのはホットコーヒー。砂糖もミルクも入れずにブラックで飲む。一口だけ口に含んでほっと一息。このささやかなひと時が今人生で一番幸せを感じる瞬間かもしれない。我ながら、枯れていると思う。
「すみません、相席お願いしてもよろしいでしょうか」
店員からの声掛け。
満席になったのだろう。よくあることだ。わたしは柔らかに頷いた。
向かいに誰かが掛ける気配を感じながら携帯を見る。未読メッセージが一件。送り主は母親。中身を確認せず携帯をバッグに放り込むと窓から見える外の景色に目を向けた。
昼のオフィス街。ちょうど目に入ったのは目的のランチへとはしゃぎながら急ぎ足で向かう華やかなOLたち。一人で寂しくコーヒーを飲む自分とはなんてかけ離れているのだろう。
「係長の反応、いい感じでしたね」
「あぁ。この調子で課長へのレビューもクリアしたいな」
総合商社のアパレル部門。小売店に直接販売する子供服製品の新ブランド商品企画案採用をかけて、部署内の若手で競争を繰り広げている最中だった。
二人三脚で仕事を組むパートナー堤 祐作(つつみ ゆうさく)は、二年前からパートナーを組むようになった二つ年上の先輩だ。
そして、
「福田さん、なんか今日、ずっと眠たそうだね」
身をぐっと寄せて耳打ちされる言葉に「誰のせいだ」と心の中だけで反論しておく。
職場の先輩であり、仕事のパートナー。そしてプライベートでは……。
「あ、もう昼か。三田さんにランチご一緒しませんかって誘われてたんだっけな」
「……」
「妬くなよ。おまえも来る?」
「行きません」
背が少し高いだけで男の魅力は三割は増すと思う。
全体にややゆるさを残した黒髪ショートスタイルは若々しく清潔感があって、端整な顔立ちも合わさって上品な印象だ。女性社員に人気があるのもうなずけるところがまた気に食わない。中身は性悪なのに。
「あっそ。じゃ」
背を向け片手を上げながら去って行った。一人きりになるとため息を一つ。
もうすぐ一年になる。彼とは酒に酔った勢いで関係を持ち、その後一年間ずるずるとセフレという関係が続いている。過去に何度もやめようと思ったけど、毎日顔を合わせる相手に誘われれば、一度は断っても二度目で頷いてしまうのは私の意志の弱さ。
もともと、密かに憧れを抱いていた人物だ。今となっては、こんな関係になってしまって彼に抱いていた理想も見事に崩れ去り憧れなんて気持ち微塵も残っていないけど。たった一夜の過ちが私たちをこのような関係にしてしまったんだ。
初めの頃こそどうしてこんなことになってしまったんだろうと悔やんだけど、今となってはもう悔やむことも、この関係を変えようと思うこともない。変わり映えのない退屈な毎日に、少しの刺激が増えた。都合のいいように利用しているのはこっちだって同じだ。そう思うようになったら堤さんとの関係ももっと気楽なものだと思えるようになった。
まっとうな恋がしたい、とか。一時的な気の迷いから出たたわごとに過ぎない。
食欲があまりなく、昼は会社近くのオフィスビルの1階に入る喫茶店に入った。食事メニューがないのにもかかわらず、昼時でも満席に近い状態で流行っている。
ブラックのソファの素材感が上質なイメージを与えてくれる落ち着いたモダンな雰囲気の喫茶店。仕事中に抜け出して、一息つく休憩場所として選ぶとすれば他に勝る場所はないと思う。何より、ここのコーヒーは格別だ。酸味と苦みが見事にマッチしていて、後味はビターチョコのようなほろ苦さの中にもほんのりとした甘みの余韻を感じる。
窓際の二人掛けの席に座って今日も注文したのはホットコーヒー。砂糖もミルクも入れずにブラックで飲む。一口だけ口に含んでほっと一息。このささやかなひと時が今人生で一番幸せを感じる瞬間かもしれない。我ながら、枯れていると思う。
「すみません、相席お願いしてもよろしいでしょうか」
店員からの声掛け。
満席になったのだろう。よくあることだ。わたしは柔らかに頷いた。
向かいに誰かが掛ける気配を感じながら携帯を見る。未読メッセージが一件。送り主は母親。中身を確認せず携帯をバッグに放り込むと窓から見える外の景色に目を向けた。
昼のオフィス街。ちょうど目に入ったのは目的のランチへとはしゃぎながら急ぎ足で向かう華やかなOLたち。一人で寂しくコーヒーを飲む自分とはなんてかけ離れているのだろう。