シュガーレス
 課長から預かった仕事に区切りがついたのはちょうど定時をまわったところ。今から他の仕事に手を出す気にはなれないかな。昼に堤さんが仕事の話があるみたいだったけど彼はちょうど会議に入ったところで事務所内にいない。帰ろう。
 クリスマスが終わった街は姿を変えいつもどおりの落ち着きを取り戻していた。
「福田さーん」
 自宅近くを歩いているとたまたま帰宅時間が重なった仁科さんに声をかけられた。昨日の今日で顔を合わせて少しの気恥ずかしさを感じた。
「仁科さん。今帰りですか? 今日は早いんですね」
「えぇ、仕事に区切りがついたんで帰ってきちゃいました」
 仁科さんは喫茶店が一階にあるオフィスビルに入る医療機器を扱うメーカー勤めていた。よくあの喫茶店にいるのは納得。
 そういえばこの人って歳はいくつなんだろう。昨日だけで結構な時間を二人きりで話して過ごしたけれどやっぱりまだ謎が多い。それはお互いに言えることか。
「じゃ、僕こっちなんで。また」
「はい、また」
 今度会ったら聞いてみよう。また近いうちにすぐに会えそうな気がする。
 スーパーに寄り自宅に着いて、ご飯を作って食べ終えてくつろぐ頃午後八時を回っていた。
 そういえばご飯はどうするのだろう。食べてくるのか、何か買って来るのか……今日買い物してきたから冷蔵庫の中にはまだ色々入ってるけど……って。いつもそんな心配したことないじゃない。珍しく先にうちに来ると宣言するものだから気にしてしまう。
 止め止め。テレビでも見て気を紛らわそう。
 テレビのリモコンに手を伸ばしたとき、部屋の隅に立てかけられたダンボールが目に入った。
 ……あんなところに置いておいたらまだ片付けてないのかとか小言の一つでも言われるのかな。
 見えない場所に隠しておこうと立ち上がり、ダンボールを手にしたところでそのダンボールを床に投げつけた。
「いやだから。気にするなって」
 大きな独り言。直後の静まり返る部屋の空気が、自分の部屋なのに居心地の悪いこと。
 しゃがみこんで両手で顔を覆った。あぁ、疲れる。気疲れってやつ? 来るなら来るで早く来てくんないかな……。
 結局、その日堤さんがウチの来ることはなかった。仕事が長引いたのかそれとも別の予定でも出来たのか。新しい女が出来たとか。当然、連絡はない。
 「もう止めよう」。
 時々訳のわからない感情に振り回されて気疲れするたびに、こんな関係終わりにしようと呟くことがある。でも会えば結局流されて、割り切った関係だもの、退屈な毎日に少しの刺激を与えるスパイスだと思えばいいじゃないと自分を慰め正当化するのだろう。
 何度同じことを繰り返して、そして、いつまで続けるのだろう。止めたいのかな、それとも止めたくないのかな。自分のことなのに答えが分からないなんて情けなくて笑っちゃうよ。

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