シュガーレス
第8話 堂々巡り
抵抗して身体が揺れるたびに棚に背中を打ち付ける音がする。でも物音を立てて誰かに気づかれたくないという思いが働くと抵抗する力も抜けて繰り返されるキスを静かに受け入れる。頭の中は割と冷静だった。
堤さんらしくない。会社でこんなことしてくるなんて。
仕事に支障をきたすからと社内での密な接触を避けようとするのは彼も同じだ。むしろ彼の意向の方が強かった。
キスにいつもはない荒々しさを感じる。怒ってる……?
私何かした? キョウヘイって誰……?
息苦しい長いキスから解放されると肩で息をしながら目の前の堤さんを見上げる。
「急にどうし……」
急にどうしたの。
言い終える前に目も合わさずに彼はドアの方へと向かう。もう気は済んだって? なんなのよ、もう……。
背を向け立ち去るかと思いきや、ガチャと鍵を閉める音が聞こえてこちらへと振り返った。
「この部屋の鍵は俺が持ってる。今は誰もここに入ってこれない」
「何言って……!?」
再び目の前に立ちはだかる人影。伸びてきた手に口元を抑えられると「あまり大きな声、
出すなよ」と言葉を遮られる。
どこか思いつめたような視線は、冗談を言っているようには感じない。どういうつもりなの?
もしかして……やだ、本気?
嫌な予感はすぐに的中。背中には積まれたダンボールの感触。追い詰められ両手を取られ押し付けられる。迫る唇の気配に逃げるように顔をそむけると、唇が私の耳に押し付けられて直に感じる熱い吐息に身体のしびれを感じ脚のが抜けて座り込む。
「ちょっと、待っ……んん」
一瞬相手の手から抜け出したところで制止を呼びかけたけど、すぐに追いつかれて唇を塞がれる。肩から腕へと這う手が胸へと伸びてきて押し上げるようにして掴まれる。唇が離れた一瞬の隙をついて早口で言葉を発した。
「何してるの。……本気?」
冷静に言い放ったけど自分でも動揺しはじめているのは分かっていた。今のこの状況がまだうまく飲み込めない。どうしてこんなことに?
「急に変なこと言い始めたと思ったら、そういうことだったか」
「は?」
「恋がしたいとか。……ずっと恋しかった相手に、会うことができてよかったな」
「分かんない。さっきから全然言ってる意味が分かんない」
「とぼけるなよ」
本当に何が何だか分からない。
指が髪に差し込まれ頭を引き寄せられる。耳元へと寄せた唇が「おまえとヤルの久々」と引き込むような声。こんな状況でも甘い囁きに聞こえてしまった。
堤さんの言う通り触れ合うのは久々だ。こんな状況でも少しの興奮を覚える自分に嫌気がさすけど身体は正直だ。さっきから身体の奥が熱い。
首筋に顔を埋めてきてビクリと身体を震わすと抑え込むようにきつく抱きしめられた。胸を押して抵抗を見せてもびくともしない。
それが気に喰わなくて、もっと強く抱きしめてほしいという思いも重なって、その矛盾に私の瞳はじんわりと潤む。おかしいな、いつものことなのにどうして涙が。部屋が薄暗くてよかった。俯いていればバレない。
嘘の安らぎと一瞬の快楽に目がくらんで、しかもこんな場所で。後から後悔するのは目に見えているけどこのまま身を委ねてしまおうか。身体の力をふっと抜いたとき部屋の外から数名の女子社員の甲高い声が聞こえてきて息を止めた。
「今日のランチどこ行こっか?」
「あそこはー? ほら薬局の向かいに新しくオープンした……」
同時に失いかけていた理性を取り戻して我に返る。遠のく足音で外にいた女子社員が立ち去ったことを察すると、もう一度今度は胸を押し返した。
「やめて……!」
押し殺した声で訴える。
「どうかしてる。こんな場所で……!」
「気になってるのは場所?」
「は?」
「終わりにしたいならそう言えよ。俺はもう用済みだって」
「だからさっきから一体……」
わけの分からない言動に疑問を通り越して苛立ちを感じてきた私も、冷静さを失った。
「用済みだって言うなら、そっちだってそうでしょ?」
「……は?」
「若い女にちやほやされて、どうせ気を持たせるような態度を取ってるんでしょう?」
「何の話だよ」
「だったら何で先月、ウチに来るって言ってこなかったのよ! どうせ別の女と……!」
「あの日はっ……」
言いかけて、ためらうように唇を噛むとため息を吐いた。
「……そんなこと、今まで何度だってあっただろ」
その通りだ。私たちは互いに束縛し合わない。約束だってあってないようなもの。どうしてそんな分かりきったことを……
自分の失言ともとれる発言に言葉を失っていると私の顔を覗き込む堤さんと視線がぶつかった。
「実希子おまえ……泣いてる?」
顔を隠すようにして俯く。床に落ちた手にぎゅっと力が入る。堪らず私は立ち上がると鍵を開けて部屋を飛び出した。
その後、社内で堤さんと一言も会話を交わすことなく定時ぴったりに退社した。
堤さんらしくない。会社でこんなことしてくるなんて。
仕事に支障をきたすからと社内での密な接触を避けようとするのは彼も同じだ。むしろ彼の意向の方が強かった。
キスにいつもはない荒々しさを感じる。怒ってる……?
私何かした? キョウヘイって誰……?
息苦しい長いキスから解放されると肩で息をしながら目の前の堤さんを見上げる。
「急にどうし……」
急にどうしたの。
言い終える前に目も合わさずに彼はドアの方へと向かう。もう気は済んだって? なんなのよ、もう……。
背を向け立ち去るかと思いきや、ガチャと鍵を閉める音が聞こえてこちらへと振り返った。
「この部屋の鍵は俺が持ってる。今は誰もここに入ってこれない」
「何言って……!?」
再び目の前に立ちはだかる人影。伸びてきた手に口元を抑えられると「あまり大きな声、
出すなよ」と言葉を遮られる。
どこか思いつめたような視線は、冗談を言っているようには感じない。どういうつもりなの?
もしかして……やだ、本気?
嫌な予感はすぐに的中。背中には積まれたダンボールの感触。追い詰められ両手を取られ押し付けられる。迫る唇の気配に逃げるように顔をそむけると、唇が私の耳に押し付けられて直に感じる熱い吐息に身体のしびれを感じ脚のが抜けて座り込む。
「ちょっと、待っ……んん」
一瞬相手の手から抜け出したところで制止を呼びかけたけど、すぐに追いつかれて唇を塞がれる。肩から腕へと這う手が胸へと伸びてきて押し上げるようにして掴まれる。唇が離れた一瞬の隙をついて早口で言葉を発した。
「何してるの。……本気?」
冷静に言い放ったけど自分でも動揺しはじめているのは分かっていた。今のこの状況がまだうまく飲み込めない。どうしてこんなことに?
「急に変なこと言い始めたと思ったら、そういうことだったか」
「は?」
「恋がしたいとか。……ずっと恋しかった相手に、会うことができてよかったな」
「分かんない。さっきから全然言ってる意味が分かんない」
「とぼけるなよ」
本当に何が何だか分からない。
指が髪に差し込まれ頭を引き寄せられる。耳元へと寄せた唇が「おまえとヤルの久々」と引き込むような声。こんな状況でも甘い囁きに聞こえてしまった。
堤さんの言う通り触れ合うのは久々だ。こんな状況でも少しの興奮を覚える自分に嫌気がさすけど身体は正直だ。さっきから身体の奥が熱い。
首筋に顔を埋めてきてビクリと身体を震わすと抑え込むようにきつく抱きしめられた。胸を押して抵抗を見せてもびくともしない。
それが気に喰わなくて、もっと強く抱きしめてほしいという思いも重なって、その矛盾に私の瞳はじんわりと潤む。おかしいな、いつものことなのにどうして涙が。部屋が薄暗くてよかった。俯いていればバレない。
嘘の安らぎと一瞬の快楽に目がくらんで、しかもこんな場所で。後から後悔するのは目に見えているけどこのまま身を委ねてしまおうか。身体の力をふっと抜いたとき部屋の外から数名の女子社員の甲高い声が聞こえてきて息を止めた。
「今日のランチどこ行こっか?」
「あそこはー? ほら薬局の向かいに新しくオープンした……」
同時に失いかけていた理性を取り戻して我に返る。遠のく足音で外にいた女子社員が立ち去ったことを察すると、もう一度今度は胸を押し返した。
「やめて……!」
押し殺した声で訴える。
「どうかしてる。こんな場所で……!」
「気になってるのは場所?」
「は?」
「終わりにしたいならそう言えよ。俺はもう用済みだって」
「だからさっきから一体……」
わけの分からない言動に疑問を通り越して苛立ちを感じてきた私も、冷静さを失った。
「用済みだって言うなら、そっちだってそうでしょ?」
「……は?」
「若い女にちやほやされて、どうせ気を持たせるような態度を取ってるんでしょう?」
「何の話だよ」
「だったら何で先月、ウチに来るって言ってこなかったのよ! どうせ別の女と……!」
「あの日はっ……」
言いかけて、ためらうように唇を噛むとため息を吐いた。
「……そんなこと、今まで何度だってあっただろ」
その通りだ。私たちは互いに束縛し合わない。約束だってあってないようなもの。どうしてそんな分かりきったことを……
自分の失言ともとれる発言に言葉を失っていると私の顔を覗き込む堤さんと視線がぶつかった。
「実希子おまえ……泣いてる?」
顔を隠すようにして俯く。床に落ちた手にぎゅっと力が入る。堪らず私は立ち上がると鍵を開けて部屋を飛び出した。
その後、社内で堤さんと一言も会話を交わすことなく定時ぴったりに退社した。