シュガーレス
 自宅に着くとベッドへ一目散。うつぶせにダイブし、ベッドの外へと投げ出した腕は、指先にひんやりとした床の感触。布団に顔をうずめて大きなため息。
 私たちがあの密室に二人きりでいたことは、後半結構な大きさの声で話していたにも関わらず運よく誰も部屋の前を通りかかることがなくバレていないと思う。でもそんなこと正直どうでもよくなっていて、胸を撫で下ろして安心することなんてできなかった。
 私は、堤さんに対してなんてことを言ってしまったのだろう。彼がどこで何をしていようが責める資格が私にあるわけがないのに。
 ……でも、それは向こうにだって言えることだよね。言っていることが何も理解できなかったけど、責められていたのは確かだ。
「キョウヘイ……」
 ゆっくりと起き上がってベッドの脇に座る。
 正面の壁際に腰の高さ程度の本棚が置いてあって、赤いアルバムが目に入った。
「……あ」
 小さく駆け出してアルバムを手に取った。表紙を開いて一ページ目に挟まれた写真を手に取った。
 懐かしい響き。彼の名が、キョウヘイ君だったかもしれない。
「……なんなのよ」
 頭を軽く押さえて目を閉じた。
 堤さんが言っていたキョウヘイ君がこの写真の彼のことを差しているかは分からないけど、差しているとしたら謎だらけだ。
 なぜ堤さんがキョウヘイ君の存在を知っているの? この写真を堤さんは見ているけど、その時にそんな会話した覚えはない。じゃあ別のどこかで? いや、記憶にない。名前だって今はっきりと思い出したばかりで……。だいたい、仮にしゃべっていたとしてもなぜいきなりキョウヘイ君の話を持ち出して責められなくてはいけないの。
 そういえば最近一緒にいる男誰とか言ってたっけ。仁科さんをキョウヘイ君だと勘違いした? そんな理解の出来ない馬鹿な勘違いはないよね。どんな勘違いよ。堤さんって思い込みが激しいタイプだったっけ?  
 というか万が一仁科さんがキョウヘイ君だったとしても、私がどこで誰と一緒にいようがそれは堤さんには関係のない話……
「堂々巡り……」
 私たちの関係って一体なんなんだろう。
 ただのセフレだって納得して今まで気にもしなかったことがここ最近やけに重くのしかかってくる。
 写真を挟んでアルバムを棚にしまい、頬に手を添える。
 さっき堤さんの前で流れた涙の理由。ただただ、苦しくて切なかった。この関係に、切なさなんか感じちゃいけないのに。
「……もう止めよう」
 今までに何度呟いたか分からない。何度呟いてきても堤さんとの関係を断ち切ることなんてできなかったけど。
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