シュガーレス
寒い夜。
エアコンをつけて「お茶でいい」と言う彼の言う通り温かいお茶をいれた。
「どうぞ」
「ありがとう」
しんと静まり返る部屋。何か話そうにもすぐに話題が思いつかなくて、テレビをつけようとしたその時。
「さっきの、前喫茶店で福田さんと一緒にいた男の人だよね。一緒に歩いていた人は……」
「あの女性は彼に好意を抱いている後輩で。今日はバレンタインだし、ね。」
明らかにどんどんと小さくなる声。私、動揺してるの?
「やっぱり、何かあるんだ?」
「何かって」
「ただの仕事のパートナーって言ってたけど、ただの先輩後輩の仲には見えなかった」
たった一度。外で堤さんと一緒にいるところを見られただけなのに。
会社の中では意識して敬語で話すし一定の距離を保ってはいるけど外だからって油断してたのかな。
「彼のことを質問すれば、この間の話の続きにもなる?」
「この間……」
「初恋のキミに再会できても、今の福田さんじゃ返事ができないっていう」
「……うん、そうだね」
仁科さんを自宅に招いたのは自分。
それなのに他にしたい会話もなく、話題を変えようにも頭の中は堤さんのことで支配されていた。
私は幻滅されるのを覚悟で堤さんとの関係を仁科さんに打ち明けた。話の途中、仁科さんは口を挟むことなく、自分としては大暴露のつもりだったけど涼しい表情一つ変えず話を聞いていた。
「幻滅した?」
「どうだろ。本気で割り切った関係だって言うなら僕には理解できないけど……でも福田さんは彼に対してセフレ以上の感情を持ってるんだよね」
「え? 何言って……」
「違うの? じゃなきゃさっき別の女の人と歩いてるとこ見るくらいじゃ普通動揺なんかしない」
見抜かれている。急に馴れ馴れしく腕を引っ張ったりしたし当然か。
「それは……。今話したけど、もともと憧れてた人だから……」
「で?」
「で? って……」
「福田さんはたぶん、気づいてるはずだよ。だって人を好きになったことあるんでしょ? さっき話してた初恋もそうだし……」
「全然違うよ。あの時はたぶん楽しくて恋しくて毎日会いたいなって思っていたと思うし……今までしてきたどの恋もそんな感じだった。でもあの人に対しては会っても苦しいだけで……」
「それって」
仁科さんは言いかけたところで言葉を飲み込むように口を閉じ、再び口を開いた。
「なんで苦しいの?」
「それは」
「福田さんの話だけ聞いてると、彼が遠くに行っちゃって、会えなくなってセフレがいなくなっちゃうと寂しさを埋める相手がいなくなって困る、苦しい。そういう意味だよね?」
「……」
はっきりと頷けないけど、私の今の状態は仁科さんの言う通りだ。思ったよりもセフレという関係に依存していたのかもしれない。きっとそう。それしか、ない。
俯いていた顔を上げると、テーブルに頬杖をついた仁科さんと目が合う。
「割り切った関係が本当に平気だって言うなら、僕がいなくなっちゃう彼の代わりになってあげようか」
「え?」
「試してみる?」
吸い込まれるような色気のある雰囲気と誘うようにゆっくりと動く口元に目を奪われた。言葉を失って固まっていると「冗談だよ」と言って目を逸らしてクスリと笑った。
「僕、潔癖なところがあるからそういう不正なこと無理なんだよね」
「……うん。その方がいい。はは、そこは似てないね」
小さな笑いが漏れて、自然とずっと入っていた肩の力が抜けたところでインターホンが鳴った。モニターに映ったのは堤さんだった。
「すごい。噂をすれば?」
「うん……な、なんだろう。急に。最近全然会ってないのに……忘れ物? いや、何も」
突然の訪問に動揺して、ベラベラと口数が増える。
「僕は帰るよ」
「え? でも……」
「気にしないで。彼との残り少ない時間を、楽しんで?」
どこか冷たく響く言葉。はっきりと不正なことは無理だと言った仁科さん。私と堤さんの関係はまさに不正だ。やっぱり、軽蔑されてしまったのだろうか。覚悟はしていたけど。
仁科さんはためらいなく外に出て行く。
はっとして止めに入ろうとしたけど、一歩遅かった。
堤さんと鉢合わせても涼しい顔をして軽く会釈して通り過ぎて行こうとする仁科さん。「キョウヘイ君、帰っちゃっていいの?」
仁科さんのことをキョウヘイ君であると勘違いしている堤さんは、仁科さんにじっと視線を送っている。
「はい……?」
立ち止まって疑問を浮かべる仁科さんの背中を慌てて押した。
「ごめんなさい、仁科さん。……また」
「……うん、またね」
立ち去る仁科さんの背中を確認して、堤さんの手を引いて部屋のドアを閉めた。
エアコンをつけて「お茶でいい」と言う彼の言う通り温かいお茶をいれた。
「どうぞ」
「ありがとう」
しんと静まり返る部屋。何か話そうにもすぐに話題が思いつかなくて、テレビをつけようとしたその時。
「さっきの、前喫茶店で福田さんと一緒にいた男の人だよね。一緒に歩いていた人は……」
「あの女性は彼に好意を抱いている後輩で。今日はバレンタインだし、ね。」
明らかにどんどんと小さくなる声。私、動揺してるの?
「やっぱり、何かあるんだ?」
「何かって」
「ただの仕事のパートナーって言ってたけど、ただの先輩後輩の仲には見えなかった」
たった一度。外で堤さんと一緒にいるところを見られただけなのに。
会社の中では意識して敬語で話すし一定の距離を保ってはいるけど外だからって油断してたのかな。
「彼のことを質問すれば、この間の話の続きにもなる?」
「この間……」
「初恋のキミに再会できても、今の福田さんじゃ返事ができないっていう」
「……うん、そうだね」
仁科さんを自宅に招いたのは自分。
それなのに他にしたい会話もなく、話題を変えようにも頭の中は堤さんのことで支配されていた。
私は幻滅されるのを覚悟で堤さんとの関係を仁科さんに打ち明けた。話の途中、仁科さんは口を挟むことなく、自分としては大暴露のつもりだったけど涼しい表情一つ変えず話を聞いていた。
「幻滅した?」
「どうだろ。本気で割り切った関係だって言うなら僕には理解できないけど……でも福田さんは彼に対してセフレ以上の感情を持ってるんだよね」
「え? 何言って……」
「違うの? じゃなきゃさっき別の女の人と歩いてるとこ見るくらいじゃ普通動揺なんかしない」
見抜かれている。急に馴れ馴れしく腕を引っ張ったりしたし当然か。
「それは……。今話したけど、もともと憧れてた人だから……」
「で?」
「で? って……」
「福田さんはたぶん、気づいてるはずだよ。だって人を好きになったことあるんでしょ? さっき話してた初恋もそうだし……」
「全然違うよ。あの時はたぶん楽しくて恋しくて毎日会いたいなって思っていたと思うし……今までしてきたどの恋もそんな感じだった。でもあの人に対しては会っても苦しいだけで……」
「それって」
仁科さんは言いかけたところで言葉を飲み込むように口を閉じ、再び口を開いた。
「なんで苦しいの?」
「それは」
「福田さんの話だけ聞いてると、彼が遠くに行っちゃって、会えなくなってセフレがいなくなっちゃうと寂しさを埋める相手がいなくなって困る、苦しい。そういう意味だよね?」
「……」
はっきりと頷けないけど、私の今の状態は仁科さんの言う通りだ。思ったよりもセフレという関係に依存していたのかもしれない。きっとそう。それしか、ない。
俯いていた顔を上げると、テーブルに頬杖をついた仁科さんと目が合う。
「割り切った関係が本当に平気だって言うなら、僕がいなくなっちゃう彼の代わりになってあげようか」
「え?」
「試してみる?」
吸い込まれるような色気のある雰囲気と誘うようにゆっくりと動く口元に目を奪われた。言葉を失って固まっていると「冗談だよ」と言って目を逸らしてクスリと笑った。
「僕、潔癖なところがあるからそういう不正なこと無理なんだよね」
「……うん。その方がいい。はは、そこは似てないね」
小さな笑いが漏れて、自然とずっと入っていた肩の力が抜けたところでインターホンが鳴った。モニターに映ったのは堤さんだった。
「すごい。噂をすれば?」
「うん……な、なんだろう。急に。最近全然会ってないのに……忘れ物? いや、何も」
突然の訪問に動揺して、ベラベラと口数が増える。
「僕は帰るよ」
「え? でも……」
「気にしないで。彼との残り少ない時間を、楽しんで?」
どこか冷たく響く言葉。はっきりと不正なことは無理だと言った仁科さん。私と堤さんの関係はまさに不正だ。やっぱり、軽蔑されてしまったのだろうか。覚悟はしていたけど。
仁科さんはためらいなく外に出て行く。
はっとして止めに入ろうとしたけど、一歩遅かった。
堤さんと鉢合わせても涼しい顔をして軽く会釈して通り過ぎて行こうとする仁科さん。「キョウヘイ君、帰っちゃっていいの?」
仁科さんのことをキョウヘイ君であると勘違いしている堤さんは、仁科さんにじっと視線を送っている。
「はい……?」
立ち止まって疑問を浮かべる仁科さんの背中を慌てて押した。
「ごめんなさい、仁科さん。……また」
「……うん、またね」
立ち去る仁科さんの背中を確認して、堤さんの手を引いて部屋のドアを閉めた。