シュガーレス
 午後八時。
 今日の夕飯は何を食べようか。冷蔵庫の中に何か入っていたか。でも帰ってから作るのは面倒だ。頭の中はすでに夕飯のことでいっぱいだ。ランチを抜いたせいかお腹が空いて集中力が落ちていた。
 ふと視線を落とすと、足元に置いたバッグの中で携帯が光っているのが見えた。
「そろそろ帰るか」
「……」
「どうした?」
「いえ別に」
 手早く机の上を片付け、「あ、おい」と言う堤さんの制止する声も無視して事務所を出た。

 外へ出て空を見上げる。
 暗い夜空へと消える白い息を見て本格的な冬の到来を実感する。気が付けば12月。この間年が明けたと思ったのに。
 冬の寒さは、寂しさを増幅させる。自分の部屋に帰れば明かりは点かず真っ暗で、賑やかな声も温かな食事の匂いも漂ってこない。外と変わらないんじゃないかと思うくらい部屋の中は冷え切っている。
 わたしはコンビニで買ってきた弁当をテーブルに置き部屋の明かりを点けた。一人暮らしであれば当然のことだ。
 八年も一人で暮らしているのに未だに寂しさを感じるなんて。ふっとため息を含んだ笑みを漏らすと弁当をレンジに入れた。
 弁当を食べ終えると、テレビをつけくつろぎながら携帯を見ていた。不在着信一件あり。相手は母親。いいかげん、放っておいて欲しいと思う。
 母親の再婚相手の家族と折が合わず二十歳を機に私は家を出た。
 お母さんの幸せは私も望んでいたこと。子供の頃元父親に泣かされる母親を毎日のように見てきたから、再婚すると決まった時は泣いて喜んだ。ただ、私が新しい家族に馴染めなかっただけ。忘れた頃に一緒に暮らさないかと連絡が来るけど、私のことは気にすることなんか一つもないのに。もう私は28歳。立派な大人だ。
 蘇ってくる不愉快な思い出の数々を頭を振って払おうとする。
 ピンポンと鳴ったインターホンの音にはっとして、携帯をバッグに押し込んだ。
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