シュガーレス
 堤さんの自宅まではタクシーで向かった。マンションの前でタクシーを降りてエレベーターに乗り込んだ。
 久々だった。めったにここに来ることはないから。部屋の前についてふうと一息つく。タクシーの中で「今から行く」とだけのメールを入れておいた。メールの返事はなかったけどインターホンを押したらすぐにガチャリとドアが開いた。
「……さっきは」
 声を聞くだけで、胸が締め付けられたような切なさに、たまらず目の前の胸に飛び込んだ。
 油断していたのだろう。私を抱きとめバランスを崩して玄関先に倒れこむと支えを失ったドアがバタンと閉まった。
 堤さんの服を掴んで、目を合わせる。
「言いいたいことはいっぱいあるし。堤さんの気持ちも考えてることとか分かんないこといっぱいで、聞きたいことも山ほどある」
 気が緩んで何も言えなくなってしまう前に、今の正直な自分の気持ちを伝えたいと思った。
「でも何よりも今はただ、あなたが好きって気持ちでいっぱいだよ」
 相手の気持ちも、考えていることも何も分からないけど。
 分からなくていいから、今はとにかく触れてほしいし、触れたいと思った。
 返事を待つ間もなく首に腕を回して相手の唇に自分の唇を強く押し付けた。子供騙しのキスだって言われないように、思い切り身を寄せ相手も引き寄せて、相手の唇を包んで覆うような深いキス。
 堤さんの手が自分の背中に回って抱かれる。次第に荒くなる息遣いに互いに気分が高揚してきているのを感じて身体の奥が熱くなってくる。
 コートもマフラーも巻いたままで、取り払われると冷たい空気に肌が直に触れてビクリと身体が震えた。
 離れた唇から「寒い?」と発せられて首を横に振る。続きを求めて手を伸ばすと届く前に遮られ抱き上げられてしまった。
 拒否されたような感覚に落胆する気持ちと、ほんのりあったかい優しい気持ちに同時に包まれた。
 ぎゅっとしがみつくとベッドに下ろされた。
 そうだ、優しかった。痛くないようにいつもベッドで、寒かったり寂しかったりすれば抱きしめてくれた。抱かれる時も自分の欲を満たすだけの独り善がりのセックスは絶対にしなかった。
 でも今以上に好きになるのも傷つくのも怖くて、わたしはそのすべてから目を背けた。ただの気まぐれだって、お互いに都合のいい関係なんだって思い込んで気持ちを殺して関係を続けることでしか、堤さんを繋ぎ止める方法が分からなかったんだ。
 ただの憧れだけなんかじゃない。私は、好きだったんだ。
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