シュガーレス
― 三日前
 1LDKの広さは一人で住むには十分の広さだ。
 新居に引っ越してきて一週間、片付けの手伝い、引っ越し祝いの名目で突然堤さんが仕事終わりに自宅へとやってきた。手伝い、引っ越し祝いなど嘘だ。彼がここに来る理由など一つしかない。私も、わざわざ会社の外でこの男(ヒト)に会う理由は一つしかない。
 私たちの関係はただ互いに様々な「欲」を満たすだけの関係だ。退屈、暇つぶし、孤独感、そして性欲。互いに自分の欲を満たすためだけに都合のいいように相手を利用する不道徳な関係、セフレに過ぎない。
「なにこれ。卒業アルバム?」
 片付け途中の荷物の中で、赤色の分厚いアルバムは目を引いたのだろう。分厚い理由は卒業文集が一緒になっているからだ。小学校の卒業アルバムだった。
「実希子何組?」
「さぁ……忘れた。探してみてよ」
「……めんどくせ」
 ペラペラと適当にページをめくっている。私を探す気などまったくないらしい。
 「なんだこれ」とアルバムに挟まっていた一枚の写真を手に取る様子を私はただぼうっと眺めていた。 どうせ古い写真でも挟まっていたのだろう。
「あ、この一番端っこが実希子だな。ま、こん中じゃ一番可愛いかな」
 堤さんは「ん」とアルバムに目を向けたまま指に挟んだ写真だけをこちらへと差し出した。
 写真には当時小学生の自分を含め四人の女生徒が横一列に並んで写っていた。修学旅行で京都に行った時のものだ。
 バックには金閣寺が写っている。どうしてこの写真一枚だけがアルバムに挟まっていたのだろう。
「……あ」
 金閣寺以外の、バックに写るある人物の横顔を見て思わず小さく呟いた。色褪せた写真では顔までははっきりと識別できないけれど、その人物が誰であるか私は分かる。
 そうだ、この写真は唯一「彼」と一緒に写っている写真だ。

 久々に初恋のキミを思い出した。
 二十年近くも前の話だ。名前も顔も覚えていない、思い出もわずか。恋心などとっくに消え去ってしまっている。ただの小さな思い出だ。でも自分の中では他の何にもかえられないとても美しい思い出だった。
 「まっとうな恋がしたい」。
 今の自分の口から出たとは思えない台詞だけど、昔の思い出に浸っている間だけは、綺麗な穢れを知らない頃の自分に戻れる気がしたんだ。
 汚れ腐った今の私が、まっとうな恋なんかができるわけがないけど。
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