隠された鏡の伝説Ⅰ選ばれし者の定め
盗賊頭のバルバクリスが涙を流していた。バルバクリスは、自分の生い立ちを打ち明けているのが、小さな少女だということに気がつかないように見えた。

急に、ディアナの目の前にいる盗賊頭と重なるようにして、薄汚れた服を着た少年の姿が現れた。

 少年は走っていた。手には大きな牛乳ビンを持っている。次の瞬間、少年を大きな体の男が捕まえた。

「ちきしょうー!離せ!」

「今日こそ勘弁なんねえ!警察に突き出してやる!」

大柄の男が、少年を捕まえて引きずりながらいまいましそうに叫んだ。

「いてっ!離せ!なんだよー!妹の具合が悪いんだ!このクソおやじ!あいつはもうずーっと何にも食ってないんだよ!離せー!離しやがれ!」

男は、うなって少年を乱暴に揺すった。

少年の手から牛乳瓶が滑り落ち、石畳の道に落ちて割れた。

少年は道に広がってゆく牛乳を見て叫んだ。

「ニニーが死んだら、お前のせいだぞ!こんちくしょー!」

少年は捕まえている男の腕に噛み付いた。

「あいててっ!こいつ!」

男が少年を殴り、少年は気を失った。
 

 ディアナは、目の前の椅子で自分のひざを抱え込むようにして座っている男に目を向けた。

倍近く背丈のあるこの男が、自分よりも小さく弱々しい子供のように見えた。側に行って頭をなでてあげたいとさえ思った。

男が、まるで何者かを恐れているように、自分の膝をきつく抱いて、ほーっとため息をついた。

「俺は今まで、自分のガキのころの事を人に喋ったことがねえ。もっとも、話してえと思うようなやつもいなかったが…」

『人の取る行動には、全て理由がある。』

おばあさんの声が、ディアナの頭の中で聞こえた。

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