隠された鏡の伝説Ⅰ選ばれし者の定め
「結局、残ったのは俺一人だ。それからずーっとこの生活だ。気がとがめたのなんか、最初のうちだけだ。盗んでも殺しても何とも感じねえ。だが、なぜだかわからねえ、でも…もうこんな暮らしはいやになった。」

バルバクリスは、ここまで言うと、目を閉じて合わせた膝に額を付けて黙り込んでしまった。

ディアナは、黙ってバルバクリスを見つめていたが、男が震えていることに気づき、体を温めるために、カミツレ茶を作ろうとお湯を沸かしに立った。

 ディアナが、湯気の立つ大きなマグカップを持って戻ってきたとき、男の姿は消えていた。

次の朝、小さなキネビスの村は大騒ぎになった。

この辺一帯で名高い、警察を長い間手こずらせていた大盗賊が、山一つ向こうの町で強盗をした後、このキネビスに自首したという記事が、新聞の一面に出たのだ。

その大盗賊は、この町の産婆の子の歌を聴いて、自首する気になったという話をしたので、大勢の人がディアナとおばあさんの家に押しかけてきた。

おばあさんは、それらの人々にディアナを会わせず、一人で相手になった。

ディアナは家の庭まで入ってきた大勢の人々を、おばあさんが追い払っているのを窓から眺めていた。



 ディアナが、十三歳になる前の日の夕方、いつものように勉強が終わると、ランディ先生は自分との勉強は今日で終わりだと言った。

「どうしてですか?私より大きな子達も、皆まだ養師さまについてお勉強しているのに。」

ディアナは、不思議に思って聞いた。

「わたしには、あなたに教えることがもう無いからです。」

そういうランディ先生の顔は、不思議なことに、心なしか鼻がつんと高くなり、誇らしげに見えた。

ディアナは、先生がどうしてそんな顔をするのか、とても不思議に思ったけれど、口に出して聞きはしなかった。

そんなことより、いつも眠い牛のようで、自分の感情を表に表すことがなかったランディ先生が、人間らしい表情をしたことのほうに驚いて、六年間毎日のように、一日の大半を過ごしてきた先生の本当の姿を、はじめて見たような気がした。

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