恋する耳たぶ
「旅行ですか?」
初めて会った人、しかも、女性に話しかけるなんてイタリア人みたいな真似を自分がするなんて、考えたこともなかった。
だけど、この出会いを、これで終わりにしたくなくて。
もっと、色んな彼女の顔を見たくて。
話しかけずにはいられなかった。
『運命って、そういうものなんだよ』
そう言った上司の顔が一瞬だけ浮かんだが、驚いたように目を丸くした彼女がにこっと笑った瞬間に消えてしまった。
「はい。友達がこっちに引っ越したので」
この後、色々と話しているうちに彼女の友達が引っ越した場所と、俺の父が入院した病院が、そう遠くない場所にあるとわかり。
俺達は、帰りも同じバスで移動することになる。
本当に、出会い、というものは、どこに転がっているかわからないものだ。
今の俺は、あの上司と同じようにニヤけた、ゆるんだ顔をしているのかもしれない。