恋する耳たぶ
そんなことを考えながら、彼と、彼の耳に見入っていたら、私の胃に伝令が走ってしまっていたらしい。
ぐう。
わりと静かだった高速バスの車内で、はっきりと聞こえるくらいの大きな音。
隣の席に座っている彼に、聞こえないわけがない。
知らないふりをしてくれ、と、心の中の祈りは神に届かず。
手元の本に注がれていた彼の視線が、自然とこちらを向いた。
「……食べます?」
差し出されたのは、小さなパンが数個のったプラスチックのトレイ。
目を上げれば、彼は持っていた本を簡易テーブルの上に置き、まだ残りが入っているパンの袋が見えるように、こちらへ向けた。
「クリームパン、なんですけど。お嫌いですか?」
なんの因果か、と思ったけれど、彼の手から、好物を受け取るということに、きゅん、としたのも事実で。
「好き、です」
そう言ったのは、主にクリームパンについてだったけれど、なぜか妙に恥ずかしかった。
「では、どうぞ。食べかけですけど…お嫌じゃなければ」
くすっと笑った笑顔は、ふんわりと優しく、渡されたパンよりも甘いバニラの匂いがした。