恋する耳たぶ
「なんでもなくはないだろう?!」
「やめてくださいよ」
上司とは言っても、俺の教育係だった猪熊さんは、何もできない新入社員だった俺の面倒をなにくれとなくみて、意外と繊細な気遣いをしてくれたりしたイイ先輩であり、プライベートでの付き合いもある数少ない友人だ。
兄弟のいない俺にとって、子供の頃から憧れだった『兄』のような存在でもある。
まあ、長年の付き合いから来る気安さで、こんな風にからんでくる時は、ちょっとうざったいが。
「宝くじでも当たった?俺、肉食いたいな、肉」
本当に、宝くじに当たったなら、おごってやってもいいが、残念ながら、俺には手に入れる確率の方が低い夢なんてものをを大枚はたいて買うようなバカげた趣味は無い。
「当たってないです。そんなの買わないって知ってるでしょうに……」
「ああ、そうだな」
ガハハ、と笑って横に並んだ猪熊さんは、肩を組むようにして俺の顔をのぞきこんだ。
猪熊さんの太い腕は、肩に乗せられると重くて地味にキツイ。