恋する耳たぶ
今までの帰省と違い、今回はギリギリで滑り込んだようなものだったからだろう。
そもそも、このバスは、女性専用車両というわけでもないんだし。
とはいえ、うっかり接触して、痴漢扱いなどされてはたまらない。
俺は、寝ている女性を起こさないようにそっと席に座った。
小柄な女性は席からはみ出してなどいないし、俺も体格に優れている方ではないけれど、念のため、できるだけ通路側に座る。
そして、前の席の背もたれについたテーブルを引き出し、バッグから本を取り出した。
来る途中で買ったパンと、コーヒーも一緒に。
隣がオッサンであったなら、いや、若かったとしても、男なら、俺だって、寝ることも選択肢に入れただろう。
実際、残業続きの週をどうにか乗り切った体は重く、ここに来るまでも何度か、あくびをかみ殺していた。
しかし、幸か不幸か、俺の隣にいるのは(若い)女性。
ここで寝てしまえば、間違いなく俺は熟睡し、姿勢を保てなくなる。
そうなると、バスの揺れの影響で、俺は隣の女性にうっかりぶつかってしまうだろう。
ぶつかるだけならいいが、そのままもたれかかってしまうこともあるかもしれない。