人魚姫の涙
母親のその言葉に、思考回路が一瞬停止する。

フラッシュバックのように浮かんだのは、今日見た夢の中で泣く幼い紗羅だった。


だけど、目の前にいる彼女は思い出の中の小さな紗羅とはもちろん別人で、あの紗羅だと言われても直ぐには理解出来なかった。

それでも、真っ直ぐに俺に向けられる海のように鮮やかな青い目が思い出の中の紗羅と僅かに重なる。


「さ……ら？」


半信半疑のまま呟いた言葉は、静かな玄関に落ちて頼りなく消える。

まさか、という思いが頭の中を駆け巡って、食い入るように彼女を見つめた。

すると、そんな俺の声を聞いて、彼女は嬉しそうに頷いた。


「久しぶり！　成也！」


ニッコリと子供みたいに笑って、そう言った彼女。

その笑顔が、僅かに思い出の中の紗羅に似ていた。


ようやく落ち着いてきた頭で、目の前の彼女と思い出の中の紗羅との共通点を必死に探す。

真っ白のワンピースに広がる、栗色の髪。

線の細い陶器のような肌に――…。


って...あれ？

この姿、さっきどこかで―――。


そう思った瞬間、目の前が弾けた。

そして、何も考える事無く、目の前の彼女を指さして大声で叫んだ。


「あぁ――っ！　さっきの人魚姫！」


恥ずかしげもなくメルヘンな事を口走った俺の言葉に、母さんと目の前の彼女は僅かに目を見開いた。


「なぁに？　人魚姫って」


母さんの声で我に返った俺は、慌てて取り繕うように咳で誤魔化した。
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