人魚姫の涙
薄暗い俺の部屋は、重たい空気に包まれた。

俺の部屋なのに、俺の部屋じゃない気がする。


「――…桜と会えなくなってから、私は抜け殻の様だった」


シンと静まり返った部屋の中で、ようやく口を開いたおじさん。


「何もする気が起きずに、何をしていても、桜の事ばかり考えていた」

「――」

「そんな時、茜から告白されたんだ――私じゃダメかと。ずっとずっと好きだったと」

「それで?」

「もちろん始めは断ったよ。桜以外、誰も愛せるとは思わなかった」

「――」

「それでも、茜は諦めてはくれなかった。桜の変わりでもいい。側にいたいと」

「――」

「その時の私は、きっとどうにかしてた。寂しさにかられて、狂っていたんだ。茜と……茜と結婚すれば、桜とも一緒にいられると思った」


苦しそうに話すおじさん。

頭を抱えて、強く目を閉じていた。

そこまでして、おじさんは母さんの側にいたかった。

誰かを利用してまでも。

それは、恐ろしい程の愛。


「桜の友人の茜が妻になれば、また桜といられる。そう思ったんだ」

「利用したんだ? 茜さんを」


俺の言葉に、コクンと小さくおじさんが頷いた。


「俺は茜と結婚して、桜の家の隣に家を建てた。また大学時代に戻った様だった」


愛するがゆえに、壊れてしまった愛の形。

偽りだらけの家族が、家を隣にして生活を始めた。
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