人魚姫の涙
口を噤んだ俺の頬に、紗羅は優しくキスを落とした。


「私は成也に夢を叶えてもらったんだよ」

「夢?」

「大学の文化祭で一緒にショーに出たでしょ? お姫様みたいなドレスを着て、まるで、成也のお嫁さんになったみたいだった」


そう言って、ニッコリと笑った紗羅。

だけど、その言葉が今は胸を掻きむしる。

決して俺達が結ばれる事はないと、言われているみたいで。


「でもね」

「――」

「私じゃ成也の夢を叶えてあげられない」

「俺の夢?」

「息子とキャッチボールをするっていう、成也の夢を叶えてあげられない」

「紗羅……」


確かに以前、話した事は覚えている。

父親がいなかった俺は、自分の息子とキャッチボールをする事が夢だって。

だけど、そんな夢よりも、紗羅と一緒に生きる方を選ぶ。

そんな夢、叶わなくてもいいんだ――。
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