人魚姫の涙
「ちょっと成也! 何ボーっとしてるの? 遅刻するわよ」
懐かしい思い出に浸っていたら、膨れっ面の母親が部屋の入口から顔を出した。
その姿を横目に、座り込んだまま尚も写真を広げていく。
「ん~分かってる。ってか昨日懐かしい写真見つけた」
「写真?」
「隣の家の紗羅」
「あら! 懐かしいじゃない~。紗羅ちゃん、元気にしてるかしらね~」
パッと顔を輝かせて、母さんは写真を覗き込んだ。
紗羅の父親の仕事が忙しかったから、よく俺の家にご飯を食べに来ていた紗羅。
母さんにとったら娘みたいなもんなんだろ。
「元気にしてるだろ」
連絡先も知らないから、その事を知る術がない。
だけど、こうやって写真を見るまで紗羅の存在すら遠い思い出の中に仕舞い込んでいて思い出す事も無かったから、今更どうも思わない。
もちろん元気でいてほしいとは思うけど、きっともう紗羅と会う事はないだろう。
幼い頃にイタリアに移り住んで18年経った今、どこでどう暮らしているかなんて検討もつかない。
そんな事よりも明日のゼミでのテストの方が大切だ。
今日もいつもと変わらず、朝から大学で講義がある。
毎日変わらない日々だけど、俺は満足している。