人魚姫の涙
自転車を走らせて向かったのは、あの場所。

紗羅が一番好きだと言っていた、場所――。


「ハァ……ハァ」


乱れる呼吸のまま、辺りを見渡す。

すると、少し離れた所に海を見て座っている女の人がいた。


足を海につけて。

長い髪を風になびかせて。


真っ白な肌は夕日を浴びて、オレンジ色に照らされている。

その姿は、まるで絵本に出てきた人魚姫そのものだった。


「――…紗羅」


ゆっくり近づいて、声をかけた。

すると、驚いたように顔を上げた紗羅。

オレンジ色の世界の中で、瞳の色だけが妙にクッキリと浮かび上がっていた。
< 60 / 344 >

この作品をシェア

pagetop