雨の庭【世にも奇妙なディストピア・ミステリー】
序章 痛み
1・とある仕事での失敗から立ち直れませんでした。
着替えるように言われて渡された藤色のワンピースをぼうっと眺めていた。体が動かなかった。リビングになかなか戻らないのを心配してだろう、扉の外から北寺《きたでら》の足音が近づいてくる。律歌《りつか》は寝室の中央に立ち尽したまま、その足音を聞いていた。
コンコン、と小さくノックされる。
「おーい、りっか、大丈夫?」
扉越しの呼びかけに、律歌は小さく口を開き返答しようとして、また閉じた。律歌が答えないでいると、
「ええと、着替えは終わった? 何か……困ってる?」
ぎこちなく困惑気味の、こわごわとした、優しい声が再び。
沈黙。
薄い板で一枚隔てただけで、そのドアには鍵もない。着替えているはずの異性からは、返答がない。そんな状況。沈黙の中に、北寺の吐息が細く聞こえた。それはため息ではなかった。惚けているわけでもない。こちらの様子を窺うために、じっと小さく息を潜めている。入るべきなのか、待つべきなのか……おそらく逡巡しながら、でも絶対に間違えないように、考えを巡らしている息遣い。今の律歌には、口を動かすこともできなかった。そのまま立ち尽くす以外になかった。
コンコン、と小さくノックされる。
「おーい、りっか、大丈夫?」
扉越しの呼びかけに、律歌は小さく口を開き返答しようとして、また閉じた。律歌が答えないでいると、
「ええと、着替えは終わった? 何か……困ってる?」
ぎこちなく困惑気味の、こわごわとした、優しい声が再び。
沈黙。
薄い板で一枚隔てただけで、そのドアには鍵もない。着替えているはずの異性からは、返答がない。そんな状況。沈黙の中に、北寺の吐息が細く聞こえた。それはため息ではなかった。惚けているわけでもない。こちらの様子を窺うために、じっと小さく息を潜めている。入るべきなのか、待つべきなのか……おそらく逡巡しながら、でも絶対に間違えないように、考えを巡らしている息遣い。今の律歌には、口を動かすこともできなかった。そのまま立ち尽くす以外になかった。
< 1 / 58 >