雨の庭【世にも奇妙なディストピア・ミステリー】
 一番求めている回答は得られなかったが、ここで切るにはまだ早い。聞きたいことは他にもあった。

「車はどうして売っていないの?」
「申し訳ございません。現在取り扱っておりません」
「どうしてって聞いているのよ」
「どこかへお出かけでしょうか? お買い物のご用命でしたら、天蔵《アマゾウ》にどうぞ」
「買い物に行きたいわけじゃないの。山に登りたいのよ」
「はあ、山ですか。ハイキングでしたらアウトドア用品のページに――」
「ちがうのちがうの! 私たち、ここがどこなのか知りたくて、それで遠くまで行こうとしているのよ!」
「どこなのか知りたい、ですか」
「そう! 今、変な場所にいるの。伝票の住所欄には番号しか書かれていないし。ここ、どこだかわかる? 何県何市?」
「すみません、ちょっと……質問の意図がわかりかねます」

 やっかいな顧客に捕まってしまったと思われていそうだ。

「まあいいわ。あの、せめて、ガソリンだけでも売ってくれないかしら」
「そういったものは、現在取り扱っておりません。申し訳ありません」
「これから扱う予定は?」
「入荷の目途は立っておりません。申し訳ありません」
「車、きっとすごく売れると思うわよ!」
「そうでしょうか」

 あの手この手で問いかける律歌に対し淡々と、事務的な返事。

「そうよ! 参考にしてよね!」
「ありがとうございます。ただ……失礼ながら、お客様は天蔵の通販で生活に必要なものはまかなえていらっしゃるのですよね」
「そうだけど?」
「でしたら、これからも引き続き、天蔵《アマゾウ》サービスをお役立ていただけたらと思います」
「え、ええ、まあ」
「ガソリンなんてなくても、生活できますでしょう?」
「生活は、できるけど……」
「それは何よりです」

 律歌は言い返す言葉を探した。

「他に何かご質問はございますか?」
「えっと――」
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