雨の庭【世にも奇妙なディストピア・ミステリー】
律歌も席について、自分の箸を手に取る。
「カプレーゼ」
「カプレーゼっていうの? ん。おいしい」
トマトの甘い酸味と、ぐにぐにとした触感で無味のチーズ、それにオリーブオイルとバジルが合う。白米と味噌汁、オムレツといった庶民的なラインナップの中に突如現れたイタリア料理だが、どこか馴染んでいると感じるのは、なぜかトマトがプチトマトだからだろう。
「プチトマト、育てていたやつなんだよ。今朝やっと実がなってさ、収穫してきた」
「あらっ! そうなの!」
なるほど。しかし自家製と言われてもわからないほどしっかりと赤くまんまるなプチトマトだ。大きさもどれも均一で、よく育っている。天蔵《アマゾウ》から配達されたものではなく、種を土に植えて肥料と水を毎日与えて育て、収穫――たった一粒の種と、その場にあった自然と、そして自らの労力でできているもの。
「今日はどうする? 律歌、だいぶ疲れてるでしょ」
「そうね」
全身の鈍痛は無視できるものではなかった。自分の力だけで、行ける限りまで走った証とでも言おうか。
「今日は――昨日の旅を振り返ってこれからの作戦を練るってのはどう?」
「オッケー」
律歌の返答に、北寺はにっこり笑って、ふと立ち上がる。おや? まだ食べ始めたばかりなのにどうして席を立つのか、と律歌が不思議に思っていると、彼は櫛を手にして背後に立った。そしてひと梳き、ふた梳き。そういえば前髪がはねたままだったことを律歌は思い出し、ちょっと恥ずかしくなる。北寺は仕上げに花のピンを何本か挿し入れると、
「りっか、元気になってよかった」
そう言って、頭を撫でてきた。愛おしげに。手の温かさを感じながら、律歌は北寺を見上げる。