雨の庭【世にも奇妙なディストピア・ミステリー】
「でもそれだったら、料理作るのだって無意味なことでしょ」
ふいに口をついて出る。意地悪なことを言ってしまった。違う。北寺さんは何も悪くないのだ。北寺さんが楽しそうにしているのはとてもいいことなのに。私がそれを見て勝手に焦っているだけ。
まだ、律歌の心は回復には程遠かった。
「おれはそうは思わないからいいんだよ」
北寺はそう答えながら食器を洗っている。こびりついたチョコレートの汚れを湯で溶かして浮かせて――律歌の分の食器まで丁寧に。おそらく、にこにこしながら。
「そうよね……。北寺さんが作ってくれるの、私も嬉しいし、北寺さんが楽しそうで、それっていいことだと思う」
久しぶりに泣きそうな気分に襲われた。生きているのに死んでいるような自分への、やるせなさ、失望。北寺はそれを案じていたように、「うん、うん。だからね」と頷きながら、洗い立てのグラスに氷を入れて、隣に来て差し出してくる。