【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
互いが互いに頭を上げるよう頼み込み、ようやく落ち着いた頃、カヤはクシニナに向かってしっかりと礼を言った。

今までカヤに対して普通に接してくれていた事、そしてこうやってまた会おうとしてくれた事―――――

それらを伝え終わった時、クシニナもまた「ありがとう」と言ってくれた。

それは「すまなかった」という言葉よりもずっと自然にカヤの心に入り込み、そして温かさをもたらした。

きっとクシニナとは、これからも良い関係性でいられる。
カヤはそう確信していた。


ただ唯一心配だったのは、父親が国外追放となってしまったクシニナの屋敷での立場だった。

しかし、元々人望の厚かったクシニナは別段疎まれるような事もなかったらしい。

"皆さん、以前と同じように接していますよ"――――とは、ナツナの言葉である。


また、一時は屋敷のあちこちで飛び交っていたカヤの噂も、ようやく落ち着いてきたと、昨日ナツナが言っていた。

そもそも、もう屋敷内の噂なんて気にしなくても良いのだが、しかしそれは間違いなく良い知らせに違いなかった。



「リン、今日は少し歩いてみようか?」

頬をポンポンと撫でながら問うと、リンが小さく嘶いた。

リンは素晴らしく賢い馬だった。
カヤの顔をすぐに覚え、そして嬉しい事に、すっかり懐いてくれていた。


リンが無事だと分かったのは、あれから更に二日経った頃だった。

崖から落ちたリンは自力で移動し、木陰にひっそりと身を寄せながら手近な草を食んで命を繋いでいたらしい。

この馬小屋に運び込まれてきた当初は、起き上がる事すら出来なかったリンだったが、驚くほどの回復ぶりを見せ、つい先日ようやく自分の足で立ち上がる事が出来るようになっていた。

ただ、崖から落ちた時の怪我は深かったらしく――――もう以前のようには走る事は出来ないそうだ。


「生きていてくれたなら、それで良い」と、ミナトは言っていた。

罪悪感で潰れそうだったカヤの心が、その言葉にどれほど救われたのか分からない。

そのため、到底詫びには成らないだろうが、カヤは必死に馬の世話を覚え、馬達のために出来る限りの事をした。


以前の慌ただしい生活とは違い、奇跡のようにのんびりとした、穏やかな日々。

このままこの静かな場所で暮らしていけたらなら、なんて幸せな事だろう。

全てが順調で、完璧に満ち足りていた。






「うす」

カヤが馬小屋の掃除をしていると、後ろから声を掛けられた。

「あ、ミナト。おはよう」

松葉杖を付いたミナトは、「あちいな」と言いながらリンの目の前にある木の柵に腰を掛けた。

「ねえ、今日リンを歩かせてみようと思うんだけど、どうかな?」

「良いんじゃね?傷も塞がったし。様子見て少しずつ歩かせてやってくれ」

「うん、分かった」

カヤは頷くと、再び掃除を再開させた。
その傍らで、ミナトはリンを優しく撫でている。

これは最近の日常的な光景だ。


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