【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「カヤ、手のひら出しなさい。薬草塗るわよ」

「うん、ありがとう」

「ああもう、酷い豆……女の子の手じゃないわよ、これ」

豆の皮が破れて血が滲むカヤの掌を見て、ユタが嘆いた。


長かった構えの練習、そして地獄のような素振りの練習を経て、ミナトとの特訓は討ち合いにまで発展していた。

とは言え、振るう剣は鍛錬用の木刀な上に、ミナトは片腕しか使えないため、本格的な討ち合いにはほど遠いが。


先日ようやく右手の包帯が取れたばかりのミナトだったが、しばらく動かしていなかった右手を使うわけにもいかないため、カヤの斬撃を左手一本で受けていた。

片手な事に加え、利き腕でも無いのだが、まあ笑えてしまうほどカヤは歯が立たなかった。

それが悔しくて我武者羅に向かっていくが、ミナトはまるで幼子を相手にでもしているかのようにビクともしない。

今日はその最中、一人で勝手に足をもつれさせてすっ転び、自滅したのだ。

正直、上達しているのかどうかは甚だ怪しいところではあった。




「じゃ、私は帰るわね」

カヤの怪我を完璧に治療してくれたユタは、そう言って立ち上がった。

「ありがとう、ユタ。おやすみ」

「おやすみなさい。程々にしなさいよ」

呆れた表情をしながら帰っていくユタを見送り、カヤはミナトを振り返った。

「私、ちょっと馬小屋行ってくるね。あの子達の様子見てくる」

今日は剣の稽古で、馬小屋には昼間に行ったっきりだったのだ。

カヤの言葉に、ミナトは「ん」と返事をして立ち上がると、スタスタと歩き出した。

彼の家の方角ではなく、馬小屋に向かってだ。

その背に慌てて追いつきながら、カヤは問いかけた。

「一緒に来てくれるの?」

「これ以上ずっこけられたら、俺がユタに殴られる」

「歩くだけなら転ばないよ」

カヤは肩を揺らし、それから二人は並んで馬小屋へと向かった。

昼間はまだまだ暑いとは言え、最近は夜になると少し気温が低い。

陽が落ちた後の空気に、秋の匂いが混ざるようになっていた。

「そろそろ秋だねえ……」

ぽつりと呟くと、ふとミナトがこちらをじっと見つめている事に気が付いた。

「何?」

「……いや、ひでえ顔だなと思って」

カヤは吹き出した。
あまりにも唐突だし毒舌すぎる。さすがはミナトだ。

「産まれ持った顔だから仕方ないよ」

歯に衣着せぬその物言いにケラケラ笑っていると、ミナトが眉を寄せた。

「馬鹿、違う。怪我のこと言ってんだよ……頬の傷、かなり酷いぞ」

その視線はカヤの頬に注がれていた。

ミナトの言う通り、そこには今日転んだ時に出来た傷が出来ていた。
どれほど酷いのかは分からないが、確かに今もじんじんと痛い。
< 244 / 637 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop