【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「そんなに?」とカヤが頬を触っていると、ミナトは何とも言い難い表情を浮かべた。

「……跡、残るかもしんねえな」

ミナトが溜息交じりにそんな事を言うもんだから、カヤは慌てた。

「いや、良いじゃん、跡なんて残っても!」

「良くねえよ」

ぴしゃりと言われ、口籠る。

「……でもミナトだって身体中、傷跡だらけじゃん」

唇を尖らせながら言うと、ミナトは先ほどよりも更に深い溜息を付いた。

「俺は良いんだよ。お前は女だろ」

「どうして女だと駄目なの?」

「どうしてって……あのなぁ……」

一瞬まごついた様子を見せたミナトは、ふいっとカヤから顔を反らした。

「知らねえぞ、嫁に行けなくなっても」

その発言に、カヤは思わず笑ってしまった。

これだけ厳しく指導しておいて、そんな事を気にしているのか。
なんともミナトらしい気遣いが、可笑しかった。

「貰い手なんて無いのでご安心を。だからビシバシしごいてやって」

「寂しい奴」

「うるさいな!」

その背中を軽く小突くと、ミナトが小さく鼻で笑った。

「……少しはマシな顔するようになってきたな」

そんな事を言われ、カヤは動きを止めた。

それはきっと、翠と離れて馬小屋勤めになった時と比べてだろう。

「ミナトは優しくなったよね」

代わりにそう返すと、ミナトは「は?」と眉を寄せた。

「どこがだよ。ヤガミ達に散々怖い怖いって言われまくってんだぞ。優しいわけあるか」

ミナトは自嘲するようにそう言うが、本当に怖かったらそんな事言わないだろう、と思った。

ヤガミがどれだけミナトの事を慕っているのか、カヤは良く知っていた。

「ミナトは優しいよ。私、ミナトが居てくれて本当に救われてる」

翠と離れた直後は四六時中、暗い水底を漂っているようだった。

強い決意を持って彼の元を去ったけれど、やっぱり初めは寂しくて、不安で堪らなかったのだ。

でも少しずつ浮上して、今では全身で太陽の光を浴びている。

それは紛れも無く、ずっとカヤに構ってくれていたミナトのおかげだった。


「いつもありがとうね」

普段はなかなか改まって言えないため、カヤは心からの感謝を込めて礼を言った。

すると唐突に、にゅっと掌が伸びてきて、雑目に頭を撫でられた。

「わ、わ、何?」

わしゃわしゃと乱暴に掻き混ぜられ、カヤの頭はぐらぐらと揺れる。

髪を乱すだけ乱していった後、その指の持ち主は案外柔らかな表情をしていた。

「ちょっと、いきなり何さ」

「別に」

聞き慣れた素っ気ない声。
しかし、その口角はゆるりと上がっていた。



「―――――カヤ様ー……カヤ様ー!」

夜の静けさの向こうから、不意にそんな声が聞こえて来た。

声がした方を見ると、青年が一人手を振りながらこちらに走って来る。

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