【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「あれって……ヤガミさん?」
「だな」
噂をすれば何とやらだ。
ミナトの部下であるヤガミは、今日も少しだけ気弱そうな空気を纏いながら、二人の下へ駆け寄ってきた。
「ああ……ミナト様もいらっしゃったのですね……丁度良かった……」
「こんばんは、ヤガミさん」
「どうした、なんか用か?」
ミナトが尋ねると、ヤガミは息を整えながら頷いた。
「タケル様達が外からお戻になられたので、馬を取りに来てほしいと……申し訳ありませんが、お手をお貸し頂けませんか?」
カヤが馬小屋勤めになってから、同じようなことを何度か頼まれた事があった。
屋敷の正門から馬小屋までは少し距離があるため、常時忙しいタケル程の立場になると、馬の準備や後片付けは他の者が行うのだ。
「分かりました。ミナト、悪いけど先に馬小屋に……」
「や、手伝う」
「いいの?ありがとう!」
当然のように言ってくれたミナトに有り難さを感じていると、ヤガミが朗らかな笑みを見せた。
「何というか、仲睦まじいですねえ、ミナト様?」
「うるせえ」
即座に言ったミナトが、ヤガミの頭を軽く叩く。
「痛いですよー」とぼやいたヤガミは、それでもずっと何故だか笑っていた。
三人が正門に付くと、明々と松明に照らされる暗闇の中、屋敷の兵数人が馬から荷を下ろしていた。
カヤはその中に、タケルの大きな姿を見つけた。
「おお、ミナト……と、カヤでは無いか!久しいな!」
こちらに気が付いたタケルが手を上げる。
彼と会うのは、世話役を降りた次の日に別れの挨拶をした日以来だった。
「お久しぶりでございます」
「うむ、元気そうで何よりだ」
タケルは少し疲労の色を浮かべながらも、うんうんと笑って頷いた。
それからカヤの隣に居たミナトに向かって言った。
「ミナトも、身体の調子はどうだ?」
「今は右腕を慣らしている最中です。もう少し動くようになれば、復帰出来るかと」
「そうかそうか。早いとこ戻ってきて、私と剣の手合わせをしてくれ」
「それは勿論ですが……かなり腕は鈍ってるのでお手柔らかに頼みます」
「何を言う。お前は鈍っているくらいが丁度良いではないか」
そんな冗談に皆が笑っていると――――ふと、タケルの身体の先に居る人物の姿が目に飛び込んできた。
炎の明かりすら取り込んでしまいそうな黒髪、綺麗に真っすぐ伸びる背筋と、それを覆う上質な衣。
「っ、」
刹那、呼吸の仕方を忘れた。
だと言うのに、カヤの足は『歩け』と命令を出す前に、既に歩き出していた。
己の呼吸よりも、その人に近づきたいと言う願望の方が勝ったようだった。
今まさに馬から降り立った翠は背中を向けていて、こちらに気が付いていない。
近づくたびに、心臓の喚きが酷くなる。
翠はまだ振り返らない。嗚呼、心臓が煩い。あと数歩。けれどまだ振り返らない。まだ。まだ―――――
「ああ、カヤ」
そして、ようやく翠が振り返った時、またもや呼吸が何処かへ飛んで行った。
「だな」
噂をすれば何とやらだ。
ミナトの部下であるヤガミは、今日も少しだけ気弱そうな空気を纏いながら、二人の下へ駆け寄ってきた。
「ああ……ミナト様もいらっしゃったのですね……丁度良かった……」
「こんばんは、ヤガミさん」
「どうした、なんか用か?」
ミナトが尋ねると、ヤガミは息を整えながら頷いた。
「タケル様達が外からお戻になられたので、馬を取りに来てほしいと……申し訳ありませんが、お手をお貸し頂けませんか?」
カヤが馬小屋勤めになってから、同じようなことを何度か頼まれた事があった。
屋敷の正門から馬小屋までは少し距離があるため、常時忙しいタケル程の立場になると、馬の準備や後片付けは他の者が行うのだ。
「分かりました。ミナト、悪いけど先に馬小屋に……」
「や、手伝う」
「いいの?ありがとう!」
当然のように言ってくれたミナトに有り難さを感じていると、ヤガミが朗らかな笑みを見せた。
「何というか、仲睦まじいですねえ、ミナト様?」
「うるせえ」
即座に言ったミナトが、ヤガミの頭を軽く叩く。
「痛いですよー」とぼやいたヤガミは、それでもずっと何故だか笑っていた。
三人が正門に付くと、明々と松明に照らされる暗闇の中、屋敷の兵数人が馬から荷を下ろしていた。
カヤはその中に、タケルの大きな姿を見つけた。
「おお、ミナト……と、カヤでは無いか!久しいな!」
こちらに気が付いたタケルが手を上げる。
彼と会うのは、世話役を降りた次の日に別れの挨拶をした日以来だった。
「お久しぶりでございます」
「うむ、元気そうで何よりだ」
タケルは少し疲労の色を浮かべながらも、うんうんと笑って頷いた。
それからカヤの隣に居たミナトに向かって言った。
「ミナトも、身体の調子はどうだ?」
「今は右腕を慣らしている最中です。もう少し動くようになれば、復帰出来るかと」
「そうかそうか。早いとこ戻ってきて、私と剣の手合わせをしてくれ」
「それは勿論ですが……かなり腕は鈍ってるのでお手柔らかに頼みます」
「何を言う。お前は鈍っているくらいが丁度良いではないか」
そんな冗談に皆が笑っていると――――ふと、タケルの身体の先に居る人物の姿が目に飛び込んできた。
炎の明かりすら取り込んでしまいそうな黒髪、綺麗に真っすぐ伸びる背筋と、それを覆う上質な衣。
「っ、」
刹那、呼吸の仕方を忘れた。
だと言うのに、カヤの足は『歩け』と命令を出す前に、既に歩き出していた。
己の呼吸よりも、その人に近づきたいと言う願望の方が勝ったようだった。
今まさに馬から降り立った翠は背中を向けていて、こちらに気が付いていない。
近づくたびに、心臓の喚きが酷くなる。
翠はまだ振り返らない。嗚呼、心臓が煩い。あと数歩。けれどまだ振り返らない。まだ。まだ―――――
「ああ、カヤ」
そして、ようやく翠が振り返った時、またもや呼吸が何処かへ飛んで行った。