危ナイ隣人
本郷さんに促されて、廊下に置かれた長椅子に腰を下ろした。


ギシ、という音が、静かな廊下にやけに大きく響く。



「……あの。聞いてもいいですか」


「ん?」



少しの沈黙の後、不安を紛らわせるように口を開いた。



「どうして……私に連絡くれたんですか? 普通なら、家族……ナオくんの親とかに報せるはずですよね」



今この場所には、私達しかいない。


学校の帰り、スーパーを放棄して駆けつけた私よりも早くなんて来れないかもしれないけど、家族に連絡を入れたならわざわざ私を呼ぶ必要なんてないんじゃないかな。

疑問に思ったことを素直に声に乗せると、本郷さんは少し困ったように眉を下げて、頭をかいた。



「ごめん、たぶん俺もテンパってたと思う。全部はっきりしてから連絡すべきだった」


「あ……いや、そうじゃなくて」


「聞いたことないんだ」



床に視線を落とした本郷さんが、少し掠れた声でぽつりとこぼした。


うまく聞き取れなくて、必死に耳をすませる。



「直也とはもう6年の付き合いだけど……アイツの口から、家族の話を聞いたことが一度もない」


「……え?」



例えばそれが、話題にならなかったとか、そういうことなら、本郷さんだってこんな風に神妙な面持ちで話したりしないだろう。



「そういう話になってもアイツは曖昧に答えて済ませるし、そんなんだと俺らも無理に聞けないしで。情けないけど、家族構成の一つも知らないんだよね」
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