危ナイ隣人
1年生の教室は、下とさらにその下のフロアで、私達はここまで長い廊下を歩いてきたけれど、このフロアに人の気配はなかった。



教室に足を踏み入れるなり、掴まれていた手を離される。



あ……。


解放されたことによる安堵よりも、温もりが離れてしまった寂しさの方が大きかった。



「あの、ナオく……」


「何すんのって聞いた時、衣装係って言ってなかったっけか。あ、それともお前の中では、主要キャストは衣装係って名前なのか?」


「……っ」



振り返ったナオくんの瞳は、青い灯を宿したように、静かに怒りを孕んでいる。


こんなナオくんを今までに見たことがなかった私は、怯んで言葉に詰まった。


……いや、違う。

いつだったか、私はこの目に……鋭い眼光に、捉えられたことがある。



「なんか盛り上がってるからって連れて行かれたんだけどさ、目ェ疑ったわ。

自分の彼女が舞台に出てきたと思ったら、騎士なんて重要そうな役してるし、かと思えばヤローと抱き合ったりデコにチューしたりしてんだもん」


「っ、それは……」


「まぁでも、いきなり代役に抜擢されたとか、出演時間が変わったとか、何か訳があるかもしれねぇもんな。

俺が納得できるような言い訳があるなら、聞いてやる」



恐らく選択授業の時にしか使われていない机に腰かけて、ナオくんが静かに言う。



声や表情の通り、きっとすごく怒っている。

それなのに、私のために逃げ道を用意してくれるナオくんは、やっぱりオトナだ。


怒りの中に垣間見えた優しさに、胸がぎゅうっと締め付けつけられて苦しくなる。


混乱と罪悪感でいっぱいの頭の中で、絶対に泣いちゃいけないことだけははっきりとわかった。
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