危ナイ隣人
暗がりでゴソゴソと靴を脱ぐナオくんの気配だけはあるけれど、リビングから漏れる光のせいで目が慣れなくて、姿は見えない。



「私のお兄ちゃんね、事故で死んだんだ」



ぽっかりと穴が開いたような空間に、ぽつりと話しかけた。


「え」と短い声が聞こえてきた気がしたけど、それには応えない。



「私はまだ10歳で、お兄ちゃんは大学1年生だった。優しくて、本当に大好きで……突然いなくなっちゃったから、もう明日なんか来ないんじゃないかって本気で思うくらい、苦しくて」


「…………」


「立ち直ってないわけじゃないよ。だって、時間は止まってくれないで、たくさん流れちゃったから」



お父さんとお母さんから、涙ながらにお兄ちゃんとの別れを告げられた時のこと。

その時見ていた景色も、着ていた服も、抱いた感情も、何もかもを鮮明に覚えてる。



「人がいなくなる悲しみを、私は知ってるつもりだよ。だから、将来ツルツルにハゲればいいと心底思うたかが隣人のオッサンでも、いなくなったら大したことなの」


「……誰がハゲればいいって?」



フローリングがきしむ音と共に、暗がりからぼんやりとナオくんの姿が浮かび上がる。


今はまだ残念な、フサフサ頭だ。

ちょっとつまんないけど、これでいいよ。

私がどう思うかだけ、覚えていて。



「ツルツルになったら、綺麗に見えるようにちゃんと私がオイル塗ってあげるね」


「あぁ頼む──って、必要ねぇわ」



苦笑いを浮かべるナオくんに、私は出来る限りの笑顔を返す。

さっき弱さを見せてしまったぶん、上乗せしなきゃね。
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