御曹司は偽婚約者を独占したい
 

『も、申し訳ありません。そういったお誘いは、お受け出来かねます』


突然の誘いに驚いて、慌ててそう謝ったあとで丁寧にお断りをしたものの、その後もクロスケさんは何度も何度も同じような文句で私を家に誘ってきた。

『もっとキッパリ拒絶したら?』と同僚に言われたこともある。

けれど、相手がお客様ということもあり、曖昧に笑ったあとで丁寧にお断りを続けるしか方法を見つけられなかったのだ。

すると、そんな日々が続いたある日、事件が起きた。


『お疲れ様でした──ひゃ……っ!?』


仕事終わりに裏口からお店を出たら、暗がりから突然クロスケさんが現れたのだ。

さすがにそのときは、私の口から短い悲鳴が漏れた。

それでもクロスケさんは構うことなく私に詰め寄り、『これから一緒にご飯食べたあと、うちでゲームやらない?』と、笑ったのだ。


『知花さん? 今、何か聞こえたけど大丈夫──えっ!?』


そのときは、運良くマスターと同僚のスタッフが話し声に気が付いて出てきてくれたおかげで事なきを得た。

壁際に追い詰められ、大層怯えた表情をしている私を見て、マスターはすぐさま割って入ってくれたのだ。

そして、「今後一切、うちのスタッフを待ち伏せるようなことはやめてほしい」と、警告してくれた。

クロスケさんが帰ったあとで、同僚がやっぱり彼は何かがおかしいと、これまで見てきたこともマスターに報告してくれたのだ。

 
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