御曹司は偽婚約者を独占したい
 

「え……ノブくん……? どうしたの?」


思わず困惑の声を出すと、ノブくんは一瞬何かを言いかけてから唇を引き結んだ。


「さ、さっきのコーヒーショップから、美咲さんがひとりで帰るのが見えて……っ。だ、だから、帰るなら送るよっ。まだバイトまで時間あるし、送らせて!」


言いながら、ノブくんは強引に私の手を掴んだ。

咄嗟に遠慮したけれど、ノブくんは「送る」と言って譲らず、結局彼に家の前まで送ってもらうことになった。

帰り際、「またパレットで」と言って去っていった彼は、終始何かを押し殺したような表情をしていたけれど……。

家についた途端、どっと疲れが押し寄せた私はその日、化粧も落とさずに、泥のように眠ってしまった。

 
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