御曹司は偽婚約者を独占したい
 

『もっと早く、相談してくれたら良かったのに』


あとからマスターにそう言われ、申し訳なくなった。

それ以来、クロスケさんが裏口で私を待ち伏せるようなこともなくなって、マスターには感謝してもしきれない。

けれど、クロスケさんは相変わらず来店したときには私を何度も呼びつけて、「うちに遊びに来ないか」と、誘ってきた。

マスターやスタッフのみんなが気を遣って、極力近づけないようにはしてくれるけれど、相手がお客様である以上、ぞんざいな扱いをすることはできないのが現実だ。

そんな経緯もあって、先ほどマスターが言った付き纏い……とは少し意味合いが違うかもしれないけれど、正直、クロスケさんのことを考えると気が重いのも事実だった。

しばらくは仕事上がりが夜になるときには、スタッフやマスターに甘えて一緒に店を出るようにもしていたし。

夜道をひとりで歩くのは、怖いと思うこともある。


「もう、知花さんに、何かあってからじゃ遅いし……」

「……ありがとうございます。でも、あれ以来、待ち伏せもないですし。私も当たり障りなく対処しているので気にしないでください」


だけど、だからといっていつまでもスタッフのみんなやマスターに甘えているわけにはいかない。

実際、今言ったように、あれ以来、身の危険を感じるようなことは起きていないのだ。

 
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