御曹司は偽婚約者を独占したい
 


『ありがとうございました。またいらしてくださいね』


会計を終え、そう言って花が開くように笑った彼女は、わざわざ扉を開けてくれた。

華やかなモデルのように、飛び抜けて可愛らしいわけではない。

けれど華奢な腕と立ち居振る舞いは不思議と品があり、彼女の内面から出る美しさを際立たせた。

それから、なんとなくまたあのコーヒーが飲みたくて、仕事終わりには必ずあの店に立ち寄るようになった。

昔から、利益を産まない物事に執着するのは馬鹿馬鹿しいと思っていたのに、あのコーヒーだけは違っていたのだ。

仕事終わりに、あの店で、コーヒーを飲むことに安らぎを感じていた。

そして、はじめの二週間、通ってみてわかったことがあった。


『──また、美咲ちゃんのコーヒーを飲みに来るからね』


常連らしき年配の女性に声をかけられ微笑む彼女は、〝美咲〟という名前らしい。

どことなく品のある、彼女に合った名前だと思った。

そんな彼女はほぼ毎日のように、あのカフェで働いている。


『いつもお仕事、お疲れ様です』


そして三週間ほど通ったときに、気がついた。

彼女がいるときと、いないときに飲むコーヒーでは味が違う。

それは、彼女とほかのスタッフでは、コーヒーの淹れ方が違っていることが理由なのかもしれない。

けれど、使用している豆も同じだろうし、そこまで大きな差がつくとは思えなかった。

それなら何故、彼女が淹れたコーヒーだけが格別なのか?

同じメニューを頼み、同じ場所で飲んでいるはずなのに……。

どうしてか、彼女が淹れるコーヒーだけが、俺にとっては特別だった。

 
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