御曹司は偽婚約者を独占したい
『ほ、本当に、私でいいんですか……?』
だけど、思えばきっと、あの時には既に俺の中には芽生え始めていたのだろう。
いや……芽生え始めていたという言い方をするならば、きっと、彼女の淹れたコーヒーを初めて飲んだあの日から、すべてが始まっていた。
『俺は、君がいい。──美咲に、俺の婚約者になってほしい』
あのとき、どうしても彼女を離したくなかった。
不安げに俺を見上げる彼女を前に、もっと、もっと俺のことだけしか考えられなくなればいいと思ったのだ。
そんなふうに、誰かに対して執着するのは初めてだった。
また、あの男に何かされないか。
彼女を傷つけるような人間は、誰であろうと許さない。
雨に濡れた彼女を抱いて、肌を重ねることの幸せを知った。
自分以外の男と話している姿に腹が立ち、初めて嫉妬という感情を抱き、冷静ではいられなくなった。
ひとりで去る彼女が心配で、頭を下げて、彼女に好意を寄せているであろう男に、彼女を送り届けてほしいと頼んだ。
当然、そんなことを頼むくらいなら自分が送り届けたいという葛藤もあったし、本音を言えば、最初から頼むことはしたくなかった。
『いつも通りの一杯を用意して、お待ちしております』
それでもあのとき、俺を前に精一杯涙を堪えていた彼女を見たら、どうすることが正解なのかわからなくなったんだ。