御曹司は偽婚約者を独占したい
「ブレンドをひとつ」
──閉店間際の午後七時半。
彼は窓際、お決まりの席でコーヒーカップに口付ける。
左手には革製のブックカバーがついた本。
添えられた指は長くて男らしいのに、惹きつけられるような色気を纏っていた。
ぱらり、とページが捲られたと同時に彼の唇からカップが離れる。
俯き気味に伏せられた目元に、長い睫毛が影を落としていた。
……相変わらず素敵だなぁ。
所作のひとつひとつが綺麗で、見惚れずにはいられない。
今日もカウンターから、〝窓際の彼〟をコッソリと覗き見ていた私は、「知花(ちばな)さ〜ん」というマスターの呼びかけに肩を跳ね上げ、我に返った。