御曹司は偽婚約者を独占したい
「お礼?」
「はい。私にできることがあれば……言ってもらえると嬉しいです」
そう言える自分は、案外落ち着いていた。
けれどそれもすべて、近衛さんのおかげなのだ。
彼が現れていなければ、今ごろ私はどうなっていたかわからない。
近衛さんが、自分のことを私の婚約者とまで言って助けてくれたから、私は傷ひとつなく無事でいる。
だからこそ、何かお礼ができたらいいのだけれど、彼に見合うものがなんなのか、残念ながら地上に住む私にはわからない。
「お礼、か……」
そうして顎にそっと長い指を当て、少しの間考え込むようにしていた彼は、フッと何かを思い出したかのように顔を上げると改めて私に向き直った。
「それなら、ひとつ、頼みたいことがある」
「なんですか?」
「今度は君が、俺の婚約者を演じてくれ」
「え……」
思いも寄らない頼みごとに目を見張った。
すると彼はそっと私の左手を取って、親指の腹で薬指の付け根を優しく撫でた。
「近々、今話したルーナの代表取締役社長の結婚披露宴がある。そのあとの祝賀会……パーティーの席で、君に俺の婚約者を演じてほしいんだ」
「え……えっ!? む、無理です!そんな大役、私に務まるわけがありません……!」
答えは反射的に出ていた。
慄いて、咄嗟に一歩後ろへ足を引こうとしたけれど、そんな私の手を掴んでいた近衛さんが優しく自身に引き寄せる。