御曹司は偽婚約者を独占したい
 

「ほ、本当に、私でいいんですか……?」

「俺は、君がいい。──美咲に、俺の婚約者になってほしい」


ズルイ。 今、美咲と、呼ぶなんて。

近衛さんは、女の人の扱いに慣れている。

自分がどう言えば相手がどんな反応を見せるのか、彼はわかっていて口にするのだ。

これだけ魅力的な人なのだから、当然といえば当然なのだろう。

でも……何故だか今、チクリと胸を痛めてしまう自分がいて、慌ててバカな自分を諌めた(いさめた)。

私を見つめる黒曜石のように綺麗な瞳。

品の良いスーツが似合う端正な顔立ちと、ハンサムショートにまとめられた艶のある黒髪が月夜に馴染む。

捕まえられている手の甲を親指の腹で撫でられるだけで、身体の芯がゾクリと甘く粟立った。

──彼に捕まったら、逃げられない。

嫌というほど自覚して、私は敢えて彼の誘惑に手を伸ばす。

 
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