御曹司は偽婚約者を独占したい
「これまで余計な心配かけちゃって、ごめんね」
トートバックを腕にかけた私は歩を進めると、ノブくんの前で足を止めた。
昨日のクロスケさんとの一件を、私はマスターだけでなく、ノブくんにも報告をした。
ノブくんにもこれまで心配をかけていたから、ようやく解決の報告をできることが嬉しかった。
「いや、俺はそんな……。心配することくらいしかできなかったし、昨日も結局レポート提出のために急遽パレットを休んで、美咲さんのこと守れなかったから……」
シュンと肩を落とすノブくんがなんだか可愛くて、思わず顔が綻んだ。
ノブくんはパレットの近くにある大学に通う男の子だ。年はふたつ下で、今は大学院生をしている。
人懐っこくて気遣いもできる彼のことを、私は自分の弟のように思っていた。
「ありがとう、その気持ちだけで十分だよ。これまでノブくんが帰りは途中まで一緒に帰ってくれたりしたから、大事にならずに済んでたんだもん」
そう言って笑うと、ノブくんは顔を赤くして照れ臭そうに目を逸らした。
その仕草が可愛い仔犬を思わせて、つい、短く切り揃えられた黒髪に手を伸ばし、ヨシヨシと撫でてしまう。