御曹司は偽婚約者を独占したい
「だっ、だから! 子供扱いしないでくださいよっ」
「あはは、ごめんごめん」
怒られてパッと手を離せば、ノブくんが顔を真っ赤にして唇を尖らせた。
弟という割に彼は私よりも頭ひとつ分ほど背が高く、男の子らしい、しなやかな身体つきをしている。
「……美咲さん綺麗だから、これからも変な虫がつかないように気をつけないとダメですよ」
不貞腐れながら告げられた後輩のお世辞に、私は「ありがと」と言葉を添えて笑ってみせた。
綺麗だなんて、ノブくんみたいなカッコいい男の子が私に言うのは勿体無い。
彼にそう言われて喜ぶ女の子は、きっとたくさんいるだろう。
この一年、彼女がいなくてフリーであることが、不思議なくらいだ。
本人に尋ねると大学が忙しいから……なんて言っていたけれど、真面目にもほどがある。
「それで……助けてくれた客って、誰ですか?」
「え?」
「最近の常連客のひとりだって言ってたけど……常連ってことは、俺も見たことある人ですよね?」
ぼんやりとノブくんの恋愛事情を考えていたら、不意に話題が滑って反射的に身を固くした。
ノブくんは何故か訝しげに眉根を寄せて、私の返事を待っている。
彼がスタッフとしてパレットで働くようになったのは、ちょうど一年前だ。
そして窓際の彼……近衛さんが現れるようになったのは約二ヶ月前。
ノブくんは私のようにほぼ毎日ではないにしろ、平日の夜も週に二日ほどシフトに入っているから、当然近衛さんにも会っている。