御曹司は偽婚約者を独占したい
「は、はいっ!」
いけない、仕事中だった。
振り向くと、マスターが厨房に繋がる扉から、ひょっこりと顔を出していた。
頬が熱い。 抱え込むようにしていたトレーを持つ手にも力がこもる。
一体どれくらい、窓際の彼に見惚れていたのか……。
マスターに声をかけられなければ、盗み見ていることを彼に気づかれてしまっていたかもしれない。
そう思うと余計に顔が熱くなって、恥ずかしくてたまらなかった。
「ん? なんか顔赤くない?」
「えっ!? あ、これはその、ちょっとコーヒーの湯気に逆上せて……!」
「そんなことある?」
その場しのぎの言い訳に、鼻の下に白い髭を蓄えたマスターは、至極真っ当なツッコミをくれた。
笑うと目尻にできるシワが印象的なマスターは、私たちスタッフの間だけでなく常連客にも愛妻家で知られている。