御曹司は偽婚約者を独占したい
「もしかして……あの人ですか?」
「え……」
「ほら、あの……二ヶ月くらい前から、平日の閉店間際に現れて、決まって窓際の席に座る……。なんだかすごくスーツの似合う、あの人」
別に後ろめたいことなんてひとつもないのに、一瞬、頷くことを躊躇した。
どうしてかノブくんの顔が見られなくなり、私は視線を斜め下に落としたあとで、解いたばかりの髪を耳にかけた。
「あ……うん、そう。その人。たまたまね、あの人の忘れ物を届けるために店を出たらクロスケさんに捕まって……。それで、居合わせたあの人が助けてくれたの」
なんだか顔が上げられなくて、俯いたまま曖昧な笑みを浮かべてしまった。
ただ、事実をありのままに話しただけなのに、昨日のことを思い出すと、心がくすぐったい。
「……それで、今度はその人に何かされたりしてないですよね?」
「えっ!? ま、まさか! そんなことあるはずないでしょ!」
反射で上げた顔が熱い。
慌てて否定をしたものの、まさか助けたお礼に偽者の婚約者を演じることになったなんて、言えるはずもなかった。