御曹司は偽婚約者を独占したい
 

「え……、うそ」


そんなことを考えたあとで携帯電話をトートバッグの中へとしまった私は、改めて鞄の中を見て驚いた。

今朝、天気予報で夕方から雨なのを知り、折りたたみ傘を持ってきたはずなのに、バッグの中に見当たらないのだ。


「え〜〜、もう……最悪」


寝不足のせいでぼんやりしていて、玄関に置き忘れたのかもしれない。

こめかみに手を当て雨雲に覆われた空を仰ぐと、遠くで僅かに雷が光った。

ここから家までは、歩いて十五分ほどだ。

ノブくんの傘に途中まで入れてもらおうか……と思ったけれど、彼はこのあと友人の家でレポートの残りをやる約束があると言っていたし、遠回りを頼むのも申し訳ない。

それなら、マスターに傘を借りようか……ううん、ダメだ。

マスターも傘を忘れたから今日は店に泊まろうかな、なんて冗談を言っていた。


「もう、考えるより走ったほうが早い、か……」


ここから一番近くのコンビニまでは走れば二分もかからない。

それならもういっそのこと、そこまで走って傘を買ったほうがいいだろう。

迷っているうちに雨脚が強くなってきた。

それが余計に気持ちを逸らせて、私はトートバッグを両手で抱えて軒下から出ると、足元の水たまりを飛び越えた。


「やだー、降ってきたっ!」


裏口から表通りに出るまで、約十メートル。

そこからコンビニまでは直進で百五十メートルほどだ。

二十四にもなると、雨の中の全力疾走は、なかなか辛い。

だけど今更止まることもできないので、私はそのまま真っすぐに、コンビニまでの道を駆け抜けた。

 
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