御曹司は偽婚約者を独占したい
「ふ……っ。間に合ってます、か。それは結構、問題発言じゃないか?」
「う……、そ、それはっ言葉のあやで! 近衛さんが急に変なこと言うから……。私、あまりこういうことに免疫ないんで、もう、からかうのは止めてくださいっ」
精一杯力を込めて言うと、ぴたりと動きを止めた彼の瞳が私を射抜く。
何度見ても、黒曜石のように綺麗な瞳だ。混じりけのない美しい黒に捕まったら、抗うことも逃げることも叶わない。
「別に、からかってないけど。半分以上は本気だった……って言ったら?」
「え……」
「君のそういう姿を、他の男に見られるのは嫌な気持ちになる。……どうしてかな」
ドキリと鼓動が大きく跳ねた。同時に、彼の綺麗な指先が私の頬に伝った雨の滴を拭ってくれる。
「とにかく、このままだと本当に風邪を引く。そもそも、これから美咲を迎えに行くところだったんだ。それなのに、まさか、ずぶ濡れの君がここに駆け込んでくるとは思わなかったけど」
「……私を、迎えに?」
「ああ」と、短く答えた彼は、頬に触れていた手を滑らせる。
そうして私の濡れた髪を掬って耳にかけると、ふっと目を細めて艷やかに笑った。